第20話 失策
ネヴィル皇子の気配が感じる場所へと走っていく。
瘴気が濃く息苦しくなり、視界も悪くなると騎士たちの姿が見えづらくなる。その為、味方と魔物の区別をつけるのに苦労する。
ネヴィル皇子の気配は感じるが人影が見当たらない。ひたすら気配のするほうへリコを先頭に注意深く進んでいく。
騎士たちと魔導士たちの姿が完全に途切れたところから急に魔物が現れだした。視界が悪い中、突然魔物が現れたことで不意を突かれた状況にリコは焦る。
「リコ!大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です。ハミルトン様、ケネス様、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です!」
「私もなんとか!!」
ハミルトンが魔法で魔物を、ケネスが剣で魔物を退治しながら答えてきた。リコは二人の様子をみてまだ余力があると判断して先に進む。
三人で魔物を倒しながらさらに奥に進むとネヴィル皇子の姿がやっと見えた。
近寄ろうと一歩踏み出したときネヴィル皇子の背後に魔物が飛び掛かってきた。
「危ない!!」
リコとハミルトンで魔物を凍らせ、ケネスはリコたちが凍らせた魔物を剣で打ち砕いていた。
ネヴィル皇子は目の前の魔物を切り付けてから振り返った。
「どうして?」
「伝書鳩を偶然見つけまして」
ネヴィル皇子は肩で息をしていつもの余裕は感じされなかった。相当苦戦していたのが分かる。ケネスが説明している間も魔物は襲い掛かってくる。リコとハミルトンは魔物を退治しながらネヴィル皇子の傍に行く。
「いったん後退してはどうですか?」
ケネスが説得しているがネヴィル皇子は迷っている。
その間も次々と魔物は襲ってきて、エルドや他の騎士たちにも疲れが見える。リコはネヴィル皇子とケネスを守りながら魔物を退治していく。
「後方部隊のところまで後退する!」
ネヴィル皇子の号令が出るとすぐにエルドとケネスが先頭を守り進みだす。最後までとどまり他の者達を守っているのはネヴィル皇子だ。それを見てリコとハミルトンがネヴィル皇子の隣についた。
「すまない」
ネヴィル皇子は悔しさを滲ませながら魔物を退治している。リコとハミルトンは何を言っていいのか分からなくて頷くだけにとどめた。
少し気を緩めると瘴気と濃い霧に覆われて見方が何処にいるのか分からなくなる。注意深く、出来るだけ広がらないように固まって進んでいった。
後方部隊までたどり着くとアランの姿が目入ってきた。ネヴィル皇子も気づいたようで声をかけていた。
「アラン。どうしてお前が?」
「お前だけでは大変だろうと助けに来てやった」
アランは得意げに連れてきた者たちに号令をかけている。リコもどうしてここにいるのか気になったが、さっきより魔物が増えていてそれどころではなく、ネヴィル皇子とアランの会話はそれだけだった。
リコは出来るだけアランに近づかないように気を付けながら魔物を退治していく。
(おかしい。これだけの魔物はどこからくるの?)
倒しても、倒しても次々と魔物が森の奥から出てくる。
額の汗を拭いながら魔法を唱えていくとき、視界の端に映った光景が気になった。騎士ではない服装の人たちが剣をふるっている。アランが連れてきた者達だ。
「わぁー」
大声が聞こえて振り返ると魔物が二人の騎士に覆いかぶさっていて魔物に閃光が当たっていた。エルドが遠く離れたところから送っている。
魔物は一瞬怯んだが、更に下にいる騎士たちに大きな口を開けている。
リコも魔物めがけて氷の刃を飛ばすと魔物はリコに気づいてこちらに向かってくる。
リコは無我夢中で次々と氷の刃を魔物めがけて飛ばす。エルドは魔物に火の球を投げ続けているが魔物はビクともしない。
レイモンからもらった魔法石のおかげか、リコの魔力は以前より強力になっていた。その為氷の刃をさらに大きなものに変えて魔物めがけて大量に飛ばすと魔物が怯んだ。その隙をネヴィル皇子とケネスが挟み撃ちで魔物を攻撃して倒すことが出来た。
傍にいた騎士と魔導士たちで魔物の下敷きになっている騎士を助け出すとハミルトンが持っていたポーションを飲ませていた。
「助かった」
ネヴィル皇子がリコの傍に来て一言告げ、そのままエルドのところに行くと何か話し込んでいた。
リコは他に怪我をした人がいないか周囲を見渡した。アランが連れてきた人たちはいつの間にかアランの傍に集まっていてこちらを見ていた。
ネヴィル皇子から撤退の指示が出されて王宮に戻ることになった。
魔物の下にいた二人の騎士の他に怪我をした魔導士たちをリコたちの馬車に乗せて帰ることになった。
「ポーション足りますか?」
ハミルトンは自分たちが持ってきたポーションを飲ませている。
魔物の下になっていた騎士たちの腕は骨まで見えるくらいまで肉が引きちぎられていて、肩も骨がむき出しになっていたが治療魔法士がすぐ手当てしたので出血も収まり、肩には肉が戻っていた。
魔導士たちも怪我をしていたのでリコが持っていたポーションを渡すと怪我が消えていった。
「ありがとうございます。助かりました」
「いつも、あんな感じですか?」
負け知らずと言われているネヴィル皇子の討伐隊であそこまで負傷者が出るだろうかと気になった。
半数にも及ぶ負傷者が出た今回の討伐はいつもと違っていたと言う。
「では、最初はそれほど多くの魔物が出てこなかった?」
「はい。前衛と後衛の二手に分かれて進んでいたのですが、前衛が前に進むにつれて魔物が多くなり後衛が追いつけなくなっていました。そのうち、前衛部隊と後衛部隊の間にも魔物が増えて自分たちの身を守ることで一杯になってしまって」
怪我人の手当てをしながらハミルトンが聞いていた。
(急に魔物が増えることはある?)
失敗することはないとみられていたネヴィル皇子の討伐が失敗したと言うことで王宮に着いてからは大騒ぎになった。まず怪我人の為に治療魔法士たちが招集され、手の空いている魔導士たちはポーション作りをすることになり、討伐に参加していた騎士たちと魔導士たちはそれぞれ自分の所属へ報告に追われ、ネヴィル皇子は貴族たちへの報告に追われていた。
リコはエルドに面会希望を出していたが、討伐の後始末のため三日ほど待たされた。
「報告書ありがとうございました。ところで、何か変わったことはありませんでしたか?」
「封印した後もあの黒い物体からは王の身体を包んでいる影が出ていました」
「病の原因でしょうか……」
リコは討伐から帰ってきて色々調べてみたが、あの漆黒の森で確認出来たものを説明できるだけの根拠がなかった。
ハミルトンも調べてくれたがやはり詳細は分からずじまいで進展はなかった。
「先日、リコが感じたルベル領へ視察に行ってきたのですが、妙でね」
「何かあったのですか?」
「傭兵がいました。それもかなりの人数」
「もしかして、討伐にいた人たちですか?」
エルドは無言だ。しかし、表情を見る限りそうだろう。
ルベル領は側室の実家の領地でその父親が領主としている。あの時、アランが連れてきていた人たちの行動が気になっていた。アランが何か企んでいるのだろうか。
「アラン様は自分が加勢しなければ討伐隊は全滅していたと言いふらしているようです。それを信じた貴族もいて、ネヴィル皇子の立場はかなり悪くなっています」
「どうして? あの人が居ても居なくても同じだったはずよ」
「それが、討伐で怪我をした者たちがネヴィル皇子の最側近たちだったので貴族たちもアラン様の言葉を信じてしまったようです」
腑に落ちない。怪我をしたのが側近だからと言ってネヴィル皇子の能力に問題なんてないはずだ。
「あの伝書鳩の件は分かったのですか?」
「それもまだ……」
あの伝書鳩はいつの間にか消えていて、誰が魔法をかけたのか調べることが出来なかった。すべての状況がネヴィル皇子を陥れるものになっている。
「実は、先日ローサンを見かけたの」
「どこで?」
「そのことでレイモンは話があるって言っていたわ。時間がある時に行ってくれない?」
レイモンから聞いた話だとネヴィル皇子は今回の討伐の責任を問われることになるらしい。
何としてもそれを食い止めないといけないと言っていた。それならローサンのことも話した方がいいと考えたのだろう。
リコは気になっている問題を片付けるためエルドの部屋を出た。
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