第35話 アダン

 一級魔導士試験、その最終試験の内容を試験前に知る者は、その試験担当官のみである。

 例え魔法協会の会長であっても、その内容を聞き出すことは御法度となっており、知ることが出来るのは、『危険』か『死人が出る程度』か、そこ迄に留まる。

 そんな最終試験の担当官を今年務める一級魔導士は、アダン・デュドネである。

 アダン・デュドネ、彼に関する風評は、『飲んだくれの女好きなギャンブラー』である。

 素行に関してはなんしかないが、魔導士としての腕は確かであり、評価の難しい人物であるのだが、そんな人物が最終試験の担当官となってしまったので、ジェルマンは彼を呼び出していた。


「アダンよ、ゴーシュ魔法協会を預かる者として聞く…此度の最終試験、危険性はどれ程だ?治癒魔法に長けた者たちの準備も必要なら教えてくれぬか?」

 神妙な面持ちで向かい合うアダンに問うジェルマン。

「安心して任せなせぇ…安全も安全、超安全でさぁ。」

 ヘラヘラと笑いながらそう答えるアダンは、出された茶をグイッと飲み、熱さで舌を火傷した。

 そんな一級魔導士とは思えぬ緊張感の無さと、軽率な振る舞いに、ジェルマンは小さく溜息を漏らしつつも、大きく頷く。

「分かった。しかし、儂に遠慮する必要は無いぞ…相応しく無い者は容赦なく落とせ。」

 強い決意を秘めた目でアダンを見て言うジェルマン。

 手に負えない我儘なじゃじゃ馬だが、目に入れても痛くない程可愛い玄孫、フレデリカ。

 そんな玄孫には、いずれ一級魔導士…いや、さらなる高みに至って欲しいと彼は心から思っている。

 しかし、それと同時に、フレデリカには挫折も必要だと彼は考えている。

 フレデリカは天才だ。それこそ、才能だけなら大魔道士たる自分よりも遥かに上を行っているし、努力も惜しまない。

 だが、それ以外の面。特に精神面では、余りにも幼すぎるし、弱い。

 感情を抑えることが出来きないというのは、魔法使いとして戦場に立った際、致命傷にもなり得る欠点だ。

 故に、フレデリカには挫折を知り、人として一つ大きくなって欲しいとジェルマンは思っている。

 

「勿論、言われなくともそのつもりでさぁ。…まあ、相応しい、相応しくない、は俺が決めますがね。」

 そんなジェルマンの思いを込めた言葉に、アダンはニヤッと笑い、そう返した。



 一級魔導士最終試験、その当日、異例の試験が行われた。




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「お師匠様からお呼び頂くなんて、恐悦至極です~。お呼び頂けるなんて、何時ぶりですかねぇ〜?」

 元来の垂れ目を細め、うふふ、とやや頬を紅潮させて笑うヒルメ。

「あー…千年…?いや、もっと最近だったか?…あれ?十年前か?」

 そんなヒルメの問いに、ハンモックに腰掛け、ブラブラと揺られながら首を傾げて言う銀髪の女に、

「千と四十六年五ヶ月百七十三日です~。」

 さらにニコニコと柔和な笑みを浮かべながらヒルメは答えを言う。

「なんだ…たったの千年か…」

 そう答える女に、ヒルメの笑みがどす黒いものに変わり、

「ええ…たったの千年ちょっとです~。お師匠様にとっては…」

 そう呪詛の様に呟くと、おっとりとした垂れ目を見開き、グーッと顔を寄せて女に問う。

「セラフィマ姉さんなら致し方ありません…しかし、何故サロメ如きが私よりも優先されるのでしょう!?」

 そう狂気の宿った瞳で言うヒルメの指す先部屋の片隅には、サロメの箒が置かれていた。


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 ヒルメの元に届いた鴉の落とし物、一通の手紙。

 その送り主をヒルメは、己の一刀を容易に受け止めた鴉の存在で確信していた。


 お師匠様…

 

 不安そうに見つめる少女二人、そんな視線に気を向けることが出来ない程、ヒルメの心は昂っていた。

 

 一度死んだ己を救い、力を与えていくれ、願いを叶えてくれた。そして、願いの無意味さを教えてくれた最愛の人。

 そんな師からの手紙を手にとり、何度も読み返した。

 心中に湧き起こる感謝と歓喜、心の奥を温める感情と同時に、ふつふつと湧き上がる怒り。

 何故、セラフィマ姉さんとサロメのクソガキが呼ばれ、私を呼ばないのか!?

 私が一番お師匠様を尊敬し、愛しているのに!!

 

 そんな感情を押し殺し、ヒルメはもう一つの顔で少女二人に数日出掛けることを告げ、最愛の人の元へと駆けた。

 その身を光と化して。



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 向えた一級魔導士最終試験の当日、フレデリカは今にも爆発寸前の、怒り心頭の様子で席に座っていた。

 年頃の、しかも良家の令嬢から出るとは思えない姿がそこにあった。

 脚と腕を組み、苛立ち全開に組んだ腕の二の腕を指で叩きながら、威圧感たっぷりの舌打ちを何度もしていた。

 

「あーっ!!もう!!いつまで待たせるのよっ!!試験でしょう!?さっさとしなさいよっ!!無能!!」

 遂に我慢出来ず、そう怒鳴って壁を魔力で強化した拳で殴る。

 轟音を響かせ、石壁に穴を開けたフレデリカから、周囲の受験者は目を逸らした。

 そんな中、一人だけフレデリカを見つめる者がいた。

 その人物は、今回の受験者で最年長、齢七十を超えたベテラン、三級魔導士アデールであった。








 

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