一級魔導士フレデリカ

第30話 一次試験後

「下らない…問題の傾向にせよ、難易度にせよ、改める必要があるわね。まあ、仮にアンタたちが全力で挑んだとしても、私には取るに足らないんでしょうけど。」

 そう言って退席するフレデリカを見送るのは、偶然にも一級魔導士認定試験、その一次試験の監督官として仕事をしていたバルサン・エミールだった。


 手応えを感じた者は少数。大多数が絶望し机に突っ伏たり、己の不合格を悟り涙を拭ったり、恥も外聞もなく泣き叫ぶ者が溢れている。

 毎年、年に一度起こる恒例行事と化している、一級魔導士認定試験の一次会場の光景が例年通り繰り広げられていた。

 そんな空間で空気を読むことも無く、全員の神経を逆撫でする様な発言をして退席したフレデリカに、殺意や憎悪の感情が向けられていた。そんな殺伐とした雰囲気に、仮の師匠とはいえ申し訳無さを感じるエミール。

 とはいえ、監督官として余計な言葉は発せないし、発する気も無い。

 ただ一言、試験の終了と退席を促し、エミールはそそくさと会場を後にした。


 エミールは思う。

 メヌエール・ド・サン・フレデリカは紛う事無き天才だ。それは痛い程良く分かってる。

 天才と持て囃された自分を遥かに超え、五級から段階を踏み、自分が十年かけて合格した、この一級魔導士の試験さえ容易どころか、子供騙しに感じる程度には。

 しかし、その桁外れの知識や能力とは別に、彼女の精神的な未熟さ…いや、幼さに対して不安と恐怖を覚える。

 このまま一級魔導士になって良いのだろうか?

 そんな疑問が試験前からエミールの頭の中を支配していた。

 そんな彼の前を通り過ぎる一人の女。古めかしい、太古の物語に出てくる様な魔女の衣装に身を包み、赤い瞳が光り、見たことも無い美しき銀髪は、床に着いてしまう程長かった。

「小僧、悩みを捨てよ。アレが真の挫折を味わうにはまだ早い。」

 そんな女が、万人を魅了する様な美貌に、ニィ、っと不敵な笑みを浮かべてエミールの前を通り過ぎて姿を消した。

 全身を駆け巡る寒気と恐怖。それ以上に、その言葉に従わなければならない。という義務感に駆られる声と纏う威圧感。

 まるで魔法使いを統べる者であるかの如き雰囲気。その姿が消えると同時に、エミールの全身から汗が噴き出した。


 受験生にはあんな女はいなかった筈…いや、そもそも、ランフどころか、ゴーシュ大陸にあんな魔法使いは存在しない。

 ならば、あれは誰だ?

 エミールの脳裏に過ぎったのは、太古の御伽噺よりも遥か昔。それこそ、人の歴史が始まったであろう頃の伝説。

 魔法使いの始祖と讃えられ、伝聞で伝わる、空想上の存在、『始まり』の魔女の姿そのものであった。


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 全ての受験生が退席した後の部屋で、エミールは、書き換えようと、ある解答用紙を手にしていた。

 フレデリカの解いた用紙だ。

 一言一句逃さずチェックした彼は、溜息にも似た声を漏らす。

「完璧…いや、それ以上だ…」

 一級魔導士として求められる知識を遥かに超えた解答が書き連ねてある。

 ぐうの音も出ない完璧以上の正答。それを試験時間を大いに余らせて解答した、そんなフレデリカの才能と努力に、エミールは羨ましさと悔しさが溢れそうになる。

 そんな感情を殺し、エミールは解答用紙を回収し、封をする。

 間違い無く合格する。そう確信しながら。


 エミールは、フレデリカを不合格にするべく、その解答用紙を書き換えようとしていた。

 しかし、その考えを辞め、そのままにした。

 思いもよらぬ幻覚を見たのがきっかけだが、何より、不可思議な師弟関係とはいえ、エミールはフレデリカという天才を心の奥底では憧れていたし、尊敬していたのであった。

 並外れた才能と恵まれた環境。

 欲しても手に入ることの方が天文学的確率であるそれを一身に受け、それでいて、影で努力を惜しまぬ姿。

 性格以外は完璧な天才の未来に、エミールは己の見れなかった夢を、改めて賭けたのだった。



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 首都パンパールの街を歩くフレデリカ。

 一級魔導士認定試験、その一次試験を終えた彼女は、己の合格を確信していた。

 幼少の頃から、メヌエール邸の大書庫にある魔法に関する書物を読み漁り、知識の吸収と実践、実証と改善を一人でずっとやって生きてきたフレデリカにとって、試験はあまりにも容易に感じたからだ。

 そんな確信を得た少女は、二次試験である実技試験に対しても、絶対的な自信を持っていた。

 なんせ、数日前、仮の師弟関係であった一級魔導士、バルサン・エミールとの戦闘に勝利している。一級魔導士を目指す者と、現職の一級魔導士、どちらが上か、それは明白であるからだ。

 そんなわけで、悠々と街を進むフレデリカ。

 そんな彼女の横を、銀色の髪の女がスゥーっと通り抜けて行く。

 その女が通り抜けて行く一瞬、サロメと対峙した時に感じた、桁違いの実力差からくる威圧感や恐怖感。そんなものが生温く感じる程の何かを感じ、フレデリカの背筋がブルッ!と震え、生温かい汗が滲み出てくる。

 

 有り得ない。

 フレデリカが一番に抱いた感情はそれだった。

 今現在、彼女の暮すパンパールどころか、ランフ国…いや、ゴーシュ大陸においてあれ程の魔法使いは存在しないのだから。

 なら他所から来たのだろうか…そんな考えにも違和感を感じた。

 なんせ、『最果て』の魔女であるサロメ。そんな桁外れの強さを実際に経験しているフレデリカが、それが子供騙しに感じる程には絶望的で絶対的なものを感じるそれが、誰にも知られず、ここにいるのか…

 いや、そもそも、そんな存在が実在するのか…

 まさか、幻覚に陥ったのだろうか!?

 フレデリカは、そんな疑心暗鬼にも近い感情を抱いた。


「やれやれ…後を追ってくるかと思っていたが、好奇心よりも警戒心の方が強い様だな。」

 警戒を怠ったつもりは無かったフレデリカ。そんな彼女の認識の外から突然現れ、フレデリカを見下ろす様に立って、例の女はそんなことを言う。

「アンタ…何者…」

 震える手で本能的に杖を構え、震える声で問うフレデリカ。 

「何者…そう問われても私にも分からぬ。まあ、そう警戒するな。お前以外に私は見えておらぬからな。こんな街中で突然杖を構えれば、炒らぬ混乱を招くぞ…遅かったようだな。」

 女の言葉通り、杖を構えたフレデリカに対し、悲鳴を上げて逃げ惑う人々の姿があった。

「やれやれ…面倒はゴメンだ。」

 女がそう言うと、フレデリカの視界がカラフルに歪み、気が付いたらメヌエール邸の庭に居た。


「さて、小娘。貴様に命令する。一級魔導士とやらにさっさと合格しろ。そして一年程遊んでおれ。さすれば私が救ってやろう。」

 高圧、というよりも、支配者の如き物言いに、フレデリカのプライドを刺激するが、それ以上の力量差が、フレデリカに言葉を発するどころか、呼吸するのさえ苦しく思える程の圧を放っている。

「…アンタ…アンタは何者なのよ…?…その問いに答えて無いわよ…」

 息も絶え絶えにフレデリカは、空状況でも折れぬ、プライドと意地で女を睨みつけて言う。

「それも私の命に従えば教えてやる。嫌ならここで死ね。これ以上不出来な弟子は要らぬからな。」

 小さく溜息を吐いて言った女は、フレデリカを一瞬だけ睨み返す。

 その瞬間、フレデリカの脳内に、自分の体が粉微塵に消し飛ぶイメージが支配した。

 プライドや意地では支えきれずに、フレデリカは膝を付いた。。

「さあ、答えよ。」

 女が一歩近づき、フレデリカに掛かる圧は更に高まり、フレデリカは地に伏す様な姿勢になる。

 そんな地面に顔を付けた様な姿勢で、気力だけで顔を上げ、尚も女を睨む。

「このフレデリカ様が…アンタなんかに…従うもんですかっ!!殺せるもんなら殺してみなさいよっ…殺し返してやるんだからぁっ!!」

 絞り出す様な絶叫。そんなフレデリカの顔は、恐怖に歪み、涙で汚れていた。


「上出来だ。」

 そんなフレデリカに女は不敵な笑みを浮かべる。

「一年後、再度会いに来てやる。その時、私の前で己を偽るのをやめておけ。」

 見透かした様にそう言い残し、女の姿が消える。

 

 数十分後、庭で散歩をしていたジェルマンによって、気力が尽き、倒れたフレデリカが発見された。

 涙で汚れたその顔を見たジェルマンは、何が起こったのか理解出来なかったが、何かとんでもないことが起こる予感を感じながら、慌てて愛しい玄孫を運ぶのであった。







 

 




 

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