大罪魔法の悪魔

 橋間光樹には才能がなかった。

 何をしても上手くいかず、勉強も運動ももちろん魔法さえも彼にできることなど何一つなかった。故に優秀すぎる姉と見比べられ周囲から無能の烙印を押されていた。

 彼の両親は常に姉ばかり褒める。逆に彼に対してはひどく冷たかった。まるで彼などこの世には存在しないような態度を両親は取っていた。

 けれど、彼は努力することを止めなかった。きっといつの日か姉に追いつけると信じていた。

 しかし、高校の入学試験の時、彼の心は完全に折れてしまった。

 入試の結果は不合格。それだけであれば彼は受け止めきれていた。自分に足りないものがあることは自覚していたからだ。だが、自分より劣るものが親の力を頼りに合格していたことが彼の努力を嘲笑った。

 もしかしたら、彼らのような者がいなければ自分は受かっていたのではないかと心のどこかで思っていた。彼らは何の努力もせず、当たり前のように祇嶋学園に通うのだ。それが彼の心にあった何かを壊してしまった。

 そんな彼に声をかけてきたのが今の理事長だ。彼の実験の手伝いをしてくれるのであれば、入学を許可すると光樹に提案した。それは彼にとって願ってもいないことだった。光樹は迷うことなくその提案を受け入れた。

 彼は自身の体に大罪魔法の魔導書を組み込むことによって、複数の属性を持ち、魔素吸収率も常人のそれをはるかに超えていた。

 その結果、彼は現生徒会長の座まで辿り着き、歴代最強とまで呼ばれるようになった。それは彼の人生で初めて認めてもらえたと実感した瞬間だった。

 しかし、その名声は終わりを告げることになった。彼の前に立ちふさがったのは、魔法をまともに扱うことのできない、親の力で入学した生徒だった。

 それは彼の心を折った人種だった。その人間に彼は負けた。

 負けた。

 負けた。

 そう、僕が一番嫌って見下していた者に負けたんだ。

 一体、僕の人生とは何だったんだろうか。

 努力しても姉には追い付けず、他人に頼って手に入れた力では努力もしていない無能に劣る。

 僕には何ができるのだろう。いや、きっと何もできないのだろう。

『だったら、俺にその体貸してくれよ』

 どこからかそんな声が聞こえた。

『どうせお前じゃなんもできないなら、俺が出来るようにしてやる』

 そうか、なら好きにしてくれ。僕はもう疲れたよ。

『ああ、そうさせてもらうぜ』

 それから僕の意識は無くなった。





「ん、どうやら一足先に終わっていたみたいだな」



 住宅街地帯に着いた逸人は倒れている光樹を見つけて、状況を把握した。



「来るのが遅かったな。まぁ、この俺様にかかれば、いくら生徒会長と言えど、こんなもんよ」



 光樹に勝って調子に乗っている和樹はあたかも自分一人の力でやったかのように話を盛る。



「これで俺たちの退学は取り消されるんだよな」

「ん? ああ、そうだな……」

「なんだその歯切れの悪い返事は。まだなんかあんのか?」

「まだなんかってよりはむしろこれからが本番だ」

「それはどういう……」



 和樹が逸人にどういうことか聞こうとした瞬間、光樹が音もなく立ち上がった。



「な、なんだ。まだやんのか。お前の負けは決まったんだぞ」



 和樹は光樹に恐れているかのように、震えた声を出していた。



「っち、嫌な予感ほど当たるもんだな。まったく」



 逸人は光樹から距離をとった。藍紗たちもそれに合わせ、光樹から離れた。



「ぼ、僕は負けない……、負けちゃダメなんだ……、捨てられる。……使えないものはいらない」



 虚ろな目をした光樹は何やらボソボソと呟いていた。



「全部、全部、全部、全部!何もかも、消えて、消えて消えて!死んでしまえ!」



 光樹の声が叫び声に変わった途端、無差別に魔法を発動しだした。



「のわああああ!あぶねええ!」

「っく」



 逸人たちは和樹を盾にその攻撃を凌いだ。



「なんで俺の後ろに隠れんだよ!」

「安地だからな」

「もし死んだらどうすんだよ」

「問題ない。あれは魔素による攻撃だ。お前には効かない」

「だから、その説明、まだよく分かってないんだけど」

「ああ、それは……」

「ほう、珍しい特異体質だな」



 逸人の言葉に被せるように光樹が言葉を発した。



「な、なんだお前!急に狂ったと思ったら、今度は元に戻りやがって」

「いや、あれは」



 光樹の異変に気が付いた逸人は警戒し始めた。



「お前のそれ面白いな。霊気をまったく寄せ付けてねえな。エルフとは真逆の性質か?」



 光樹だったものは和樹に興味を示していた。



「あんたは一体誰だ?」

「あん? 俺か? 俺はルシファー。っていえば分かるか?」

「ルシファー?」



 その名に和樹は首を傾げた。



「なんだ? この時代の人間ってのは随分と無知なんだな」

「傲慢の大罪魔法。その魔導書だな」



 人間を見下した態度のルシファーに意趣返しするかのように逸人はその存在を言い当てる。



「ほう、なんだ知ってんじゃねえか」

「魔導書の力に生徒会長が飲み込まれたってとこか」

「ああ、そうさ。まったくたかが人間程度が俺を御せるとでも思ったのかね。実に傲慢だな」

「確かにそうかもしれないな。だが、俺の仕事はお前をその体から追い出すことだとしたら?」

「へぇ、そいつはまた傲慢だな!」



 ルシファーは一瞬にして間合いを詰め、逸人へと拳を振り下ろした。



「いいね~」



 しかし、その拳は間に入った藍紗によって防がれた。



「俺の速さについてこれるとはな。随分と骨のあるやつがそろってんじゃねえか」

「あら、なにかしらこのムカつく偉そうなやつは。アタシの知っている生徒会長とは違う気がすんだけど」



 藍紗は手に持った大きな鎌を軽く振り、構える。



「俺は光咲を迎えに行く。少しの間任せてもいいか?」

「それはいいけど、どのくらい持つか分からない。なるべく早く戻ってきてくれるとありがたいんだけど」

「善処する」



 逸人は藍紗にこの場を任せて去っていった。



「なんだ、あいつは逃げんのか? これから楽しくなりそうだったのによ」

「いいえ、あれはただあんたを殺すための武器を取りに行ったにすぎない」

「なら、お前は時間稼ぎか? 俺相手に時間が稼げるか疑問だが?」

「あら? 随分と傲慢なのね。アタシはあれが戻ってくる前にあんたを壊してしまわないかのほうが心配なのだけど」

「は! 言うじゃ、ねえかよ!」



 再度、ルシファーは距離を詰めた。それに合わせるように藍紗は鎌を振るった。



「な、何だよこれ……」



 状況の飲み込めていない和樹は茫然と立ち尽くしていた。



「大罪魔法……? 本当に存在していたのか?」

「あれは生徒会長の体内に埋め込まれた魔導書が表面化したものだ」

「魔導書……?」

「生徒会長の常人離れしたスペックの高さの裏にはその魔導書の力が関係している」

「お前はこのことを知っていたのか?」

「逸人から調査を頼まれていたからな。まさか本当に大罪魔法の魔導書がここにあるなんて思いもしなかったが」



 和樹の問いに藍紗は静かに答えた。



「なぁ、大罪魔法の表面化ってなんだ?」



 和樹は当然の疑問を口にした。



「大罪魔法の魔導書には悪魔が宿っている。そして、その悪魔が生徒会長の体を乗っ取っているんだ」

「それってやばいのか?」

「禁忌扱いされている魔法の本体だ。その危険度は計り知れん。かつて、完全状態の悪魔が一国を滅ぼしたなんて話を聞いたことがある。今はまだ目覚めたばかりで多少は弱いだろうが……」

「確かにお前の言う通り、俺の力は完全じゃない。それでもお前らをやるくらい造作もないがな」



 そう言ったルシファーはパチンっと指を鳴らす。

 すると、空に亀裂が走った。



「なんだ!? 何が起きた!」

「これは……。仮想空間に綻びが生じやがった」

「それってなんだ。ヤバいのか?」

「ヤバいな。仮想空間にこいつを閉じ込めて何とかしようとしていたんだが、このまま仮想空間が破壊されれば、元のアリーナに戻り、こいつが野放しになっちまう」

「もう、手遅れだ」



 言うが早いか、仮想空間は砕け、藍紗たちは元のアリーナに戻ってきた。



「あれ? 皆さん」

「ん? 何が起きたのだ?」



 仮想空間が消え、バラバラの場所にいたソフィたちがアリーナの中心で予期せぬ形で合流することとなった。



「ありゃ、仮想空間が壊れたのか。まぁいい。光咲を探す手間が省けた」

「ちょっとこれなんなのよ!」



 状況を瞬時に把握した逸人は落ち着いていた。それに対し、状況が分かっていない朱音やソフィは混乱していた。

 いや、混乱しているのは朱音たちだけではなかった。



「なんだこれは!?」「ヤバいって早く逃げなきゃ!」「ま、待って!」



 アリーナで生徒会と逸人たちの摸擬戦を観戦していた生徒たちも急に仮想空間が崩壊したことに動揺し、逃げまどっていた。



「おい! 君たちも早く逃げなさい。光樹は私が何とかするから」



 モニター室から出てきた琴里は逸人たちに逃げるよう指示した。



「いいや、先生は生徒たちの避難誘導をお願いします。あれは俺たちで止めるんで」



 しかし、逸人はその提案を断った。



「危険だ! 君たちの会話は聞いていた。あれが大罪魔法ならば、生徒たちに任せるなんてことは出来ない!」

「じゃあ、逆に聞きますけど、先生ならどうにか出来るんですか? 大罪魔法を」

「そ、それは……」



 逸人の問いに琴里は答えられなかった。



「安心してください。俺には大罪魔法に対抗するすべがあるんで」

「大罪魔法に対抗するすべ……?」

「ええ、相手が大罪魔法ならこちらも同等の力をぶつければいいだけの話です」

「それって、まさか……!」

「これから大罪魔法を発動させる」

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