ルールは使い方次第
「あ、あそこにいたぞ!」
和樹が寮の玄関口にて、掲示板に例のプリントを貼っている赤城を見つけた。
「なんですか、あなた達は?」
赤城は眼鏡をくいっと上げ、睨みつける様に逸人たちを見た。
「なんですかじゃねぇ! 今お前が貼っている紙切れの件だよ!」
「先輩に向かってその言葉遣い。無粋ですね。この学園の品位を貶めています。あなたもここに載っている人たち同様退学になりたいのですか?」
「おあいにく様! そこに載っている生徒が俺だよ!」
「なるほど、と言うことはあなたが永田和樹ですね。道理で退学候補者に名が上がるはずです。あなたみたいな人は退学になって当然です」
「んだと! この女ムカつくな! ふざけんなよ! 乳がデカいだけの分際で!」
「まぁ、和樹。落ち着けって。そんな調子じゃ話が進まない」
逸人は和樹を手で制し、赤城の前にでる。
「あなたは?」
「上蔀逸人。こいつらの……まぁ、知り合いだ」
「それで、その知り合いのあなたが私に何の用で?」
「この学園では退学は基本的には行われないと聞いてる。にもかかわらず、今回こんな急な退学処分告知をしたのは何故だ?」
「それをあなたが聞いてどうすると言うのです?」
「場合によっちゃ、こいつらの退学が不当なものかもしれないからな」
「もし、不当だとしてあなたに何の不都合があると言うのです?」
「そりゃ、今回みたいな強引な退学がまかり通っちまったら、今後似たような事が起きる可能性がある。そん時に俺まで退学にされたら困るからな」
逸人はいつ退学になっても他の生徒ほどこの学園に執着していない為、この言葉はブラフだ。
「あなたの言うことはもっともです。ですが、その問いに対する回答は一つだけです。常に高い水準での成績を取り続けなさい。そうすれば、退学になることはないでしょう」
「確かにあんたの言う通りだ。だけど、その高い水準ってのは何だ? 今回、基準の明示はされていないが?」
「明示しなくても彼らの成績を知っているのなら、分かるはずです。今回の対象者は全員、一点も取っていない。それが基準です」
「それじゃあ、今後も一点以上取っていれば退学はないと?」
「それは分かりません」
「基準が変わるかもしれないと?」
「この場で申し上げることではありません」
「さっきから、話が不明瞭だな。生徒会とはそんな適当な状態で案件を進めているのか?」
「違います! 私たちはその様な適当なことはしません!」
逸人の言葉に赤城は強く反発した。
「じゃあ、聞くが。今回の件、生徒会が主導で動いているのか?」
「それは…………そうです。生徒会が主導で動いています」
明らかに不自然な間が空いてから赤城は答えた。
彼女の中には葛藤があった。
このようなことを自分含めた生徒会が主導で動いていると言うことを認めたくない。けれど、理事長の言いなりで動いていると言うことは出来ない。
この場で理事長の言う通りに動いていると言うことは生徒会が理事長の傀儡であることを認めてしまい、学園内のパワーバランスを壊してしまう恐れがあった。
良くも悪くもこの学園は魔法力の高さで学園内の力関係を明瞭にしてきた。
そして、頂点に立つ者として生徒会が存在するのだ。
それが理事長の一言で言いなりになると言うのは他の生徒たちに示しがつかない。
赤城はそれを避けるために、理事長命令ではなく、あくまで生徒会が発案し、主導で動いていると嘘をついたのだ。
「そうか、生徒会が主導だって言うなら、頼みがある。こいつらの退学を取り消してくれないか?」
「それは出来ません。もう決まったことです。これを覆すと言うことは生徒会の沽券にかかわります」
そう簡単に生徒会が退学を取り消すとは思っていなかった逸人にとってそれは予想通りの回答だった。
だから、最終手段に出ることにした。
「なら、俺と摸擬戦をしてくれないか?」
「な!」
「ちょ、ま、逸人、今なんて!」
赤城を含めその場にいた全員、逸人の言葉に驚きを隠せなかった。
「あなた、本気で言っているのですか!?」
「ああ、俺はいたって本気だ。俺が勝ったら、こいつらの退学を取り消してくれ」
逸人のその眼は真剣そのものだった。
「おいおい待て待て。逸人考えなおせ。相手は生徒会だぞ? 学園トップの魔法力を持ってるんだぞ? 勝てる訳がない。そもそも俺たちの優劣はこの前の月末試験の結果で分かるだろ。圧倒的な差がある。真っ向から戦って勝ち目なんかあるわけがない」
和樹の言うことはもっともだ。
生徒会に敵う通りはない。逸人の月末試験の成績は平々凡々。それに対し、生徒会の生徒たちは学年トップクラス。その差は歴然だ。
「でも、他に手段がないんだからしょうがないだろ。この学園では魔法が絶対なんだろ? だったら、その魔法で白黒つけた方が早いじゃん」
「あなたの言うことはもっとも。だけど、それが愚かなことだとは思わないの? 私に勝負を挑んでも、あなたは負けて彼らの退学は取り消せず、逆にあなたも退学になるかもしれないわよ」
「はっ、それは勝負してみるまでは分かんないだろうがよ」
「そうね。でも、残念だけど、あなたのその勝負は受けられないわ」
挑発する逸人に赤城は冷静に返した。
「もし、私があなたの勝負を受けて、万が一にもあなたが勝てたとしても彼らの退学を取り消すことは出来ないわ。私は会長より権限を持っていないの。だから、私が退学を取り消すと言っても、会長が退学にするといったのなら、結果は変わらないわ」
「なるほど、そう言うことか。じゃ、その会長に喧嘩売りに行けばいいんだな?」
「あなた正気? あの会長に勝負を挑んで勝てるとでも? 私を相手にする方がまだ現実的よ?」
「でも、あんたに勝っても意味ないんだろ? なら、生徒会長のとこに行くだけだ」
そう言って、逸人は寮を後にし、生徒会長の元へと向かうのだった。
「おい! 逸人待てって!」
「待ってください、逸人さん」
和樹とソフィは逸人の後を急いで追った。
残った赤城は大きくため息をついた。
「馬鹿な人……」
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