第25話 突然かかってきた電話
もちろんすごく楽しかったし、いい思い出にもなるはずだった…………途中までは。
昨日野本さんはチャラめな男の人たちに連れ去られそうになった。ギリギリで助けることができたからよかったけど、間違いなく野本さんにとってはあまりいい思い出にならなかっただろう。
「くそ……俺があの時野本さんから離れなかったら……!」
俺――
もしあの時お腹が痛くならなければ、楽しかった思い出として脳裏に刻まれるはずだった。野本さんだってあんな怖い思いをすることはなかった。
「……お兄ちゃん、昨日から様子変だけど大丈夫? 帰ってきてから何も食べてないし、お腹すいてるでしょ? 私がおにぎり作ってあげるから、少しでもいいから食べて」
いつもなら容赦なくドアを開けて入ってくる
「……ありがとう、有希」
有希に後でちゃんとお礼を言わないとな。
あと、ゴールデンウィークが明けたら野本さんに改めて謝りに行った方がいいよな。
昨日助けた後にたくさん謝ったけど、それでもまだ足りない。野本さんが泣いてしまったのは、全部俺の責任だから。
それからしばらく経ち、有希がトントンと二回ノックをしてから部屋に入ってきた。
「……お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとうな、気を使ってくれて」
「当然だよ。私はお兄ちゃんを愛する妹なんだから」
「それは色々と問題があるけどな……」
「そんなことより食べて! 私が全部作ったの!」
有希は四つのおにぎりがのったお皿を差し出してくる。どれもビッグサイズで、昨日の夜から何も食べていない俺への配慮が感じられた。
「ありがとう、有希」
「うんっ!」
「いただきます」
まずは一番手前に置いてあるおにぎり。梅干しが中に入っていて、すごく美味しい。塩の加減も絶妙だ。
「美味い」
「ふふん! 愛情たっぷり込めたからね! お兄ちゃんの味の好みだって把握してるし!」
「さすがとしか言いようがないな」
他の三つにはそれぞれ明太子、ツナマヨ、鮭が入っていた。全部一気に平らげ、有希に再度お礼を伝えると、満足そうに俺の部屋を出ていった。
昨日の夜からだが、有希には昨日何があったかは一切聞かれていない。辛いことは誰かに話した方が楽になるとは聞くが、俺が絶対に誰にも話さないことを知っているからだろう。
(弱音を吐くなんて、男としてかっこ悪いからな……)
有希が部屋から出ていったところで、気晴らしに散歩にでも行こうとした瞬間。
――ピピピピピ――ピピピピピ――。
ベッドに置いてあったスマホから着信音が鳴り響いた。電話をするのは大体有希と
「…………
あいつから電話してくるのは初めてだった。
ゴールデンウィーク前日に、その日のノート分を見せてもらう代わりとして遊ぶ約束をした。
それからLIMEでのやり取りで遊ぶ日にちは決まったが、未だにどこへ遊びに行くかは決まっていない。だから電話を急にしてきたのだろうか。
「それにしても急すぎるだろ……せめて電話をしようの一言くらい事前に言ってほしかったな」
同級生の女子との電話は初めてで、すごく緊張する。その心の準備くらいはさせてほしかった。
ベッドに置いてあるスマホを手に取り、震えた手で通話ボタンをタップする。
「……もしもし?」
『あ、もしもし赤峰? あたしだけど、今時間ある?』
「あるけど、何か用か?」
『うん。明後日のことなんだけど、どうしようか決めたくて』
明後日は長谷川と遊ぶことになった日。
やはりどこに行くかすら決まっていないため、その旨について話すべく電話をしてきたのだろう。
「そうだな。俺もそろそろ決めないとって思ってたところだ」
『……赤峰は行きたい場所とかある?』
長谷川と行きたい場所か……。
前は一緒に映画見に行ったけど、あいつが喜びそうな場所が分からないんだよな。
「俺は別にどこでもいいよ。長谷川が行きたいところに行こう」
『え、いいの?』
「もちろん。長谷川が誘ってくれたんだし、行きたい場所だってあるんだろ?」
根拠はないが、そんな気がした。
『あるけど……赤峰がOKしてくれるかどうか……』
「? 別にどこでもいいって言ったろ? どこに行きたいんだよ」
するとそれから数秒間、沈黙が流れた。
俺は長谷川の返答が聞こえてくるまで待つことに決め、数秒後長谷川は意を決したのか深呼吸をする。
『…………の家に行きたい』
「ん? ごめん、聞こえなかったからもう一回言って」
『あたし、赤峰の家に行きたい』
…………んん?
「聞き間違いじゃないよな? 今俺の家に行きたいって……」
「言ったわ。あんたの家に行きたいって」
「あはは……そうだよな……」
は!? なんで俺の家!?
確かにどこでもいいって言ったけど、さすがに予想外すぎるわ!! 何を考えてんだよこいつ!?
「……で、いいの? ダメなの?」
「それは……」
長谷川を家に入れるっていうのは、別に嫌ではない。
でも同級生の女子を家に。それもとびっきりの美少女を家に入れるというのは、すごく嬉しいのと同時にすごく恥ずかしいし緊張する。
「ダメ……ではない。でも、いいのかよ」
『なにが?』
「……その、一応男の家だぞ。万が一間違いとか起きたらどうすんだよ」
『ふ、ふーん? 赤峰、あたしに手を出すつもりなんだ』
「なっ……!? そんなけないだろ!?」
『ま、あんたがヘタレなことは知ってるし、手を出されるなんて思ってないから安心して』
「うるせ」
『じゃあ、明後日はあんたの家に行くから』
「おう。待ってる」
『……うん、楽しみにしてる。バイバイ』
そして電話は切れ、再び部屋の中は静寂に包まれる。
俺はスマホを持ちながらベッドに倒れ込み、火照った顔を隠すようにブランケットにくるまった。
「楽しみにしてるとか……可愛すぎるだろ……」
それからしばらく経っても、ブランケットから出ることはなかったのだった。
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