第451話 騒動

 宴に興じた翌朝、俺たちは村を出立した。


 道中にこれといった障害はなかった。

 その日の夕刻前には、目的地であるレクティモの町へとたどり着いた。


 しかし到着してみると、町の様子がどうも騒然としている。

 中央広場で何かの騒動が起こっているようだ。


 俺たちはなんとなく、中央広場へと向かってみることにした。


「ガヴィーノぉおおおおおっ!! くそっ、放せ、テメェら!」


 向かう途中、そんな声が聞こえてきた。

 少女のものと思しき声だった。


 俺が特に気になったのは「ガヴィーノ」という言葉だ。

 それは俺たちが受けた依頼の、荷物の届け先の人物と同じ名前だった。


 やがて中央広場を視認できる場所までたどり着く。

 広場には人だかりができていた。


 俺たちはそこに駆け寄り、人混みをかき分けて、騒動の様子がよく見える場所まで出た。


 広場には、覚醒者同士の争いの形跡があった。

 その場に三十人近くいる覚醒者のうち、十人足らずが血を流して倒れている。


 戦いはすでに終わった様子。

 一方の陣営が勝利したのだろう。


 そんな中、一人の覚醒者の少女が、数人の男たちの手で地面に押し倒されていた。


 男たちは取り押さえた少女の衣服を破き、少女を手籠めにしようとしているように見えた。


「ちくしょう、ちくしょう! 覚えてろよ! あたしたちがここでやられても、こんなことはぜってぇ続かねぇからな! いつか誰かが、お前たちを──くそっ、やめろ、やめろよ……いやだ、嫌だぁあああっ、あぁああああっ!」


 悔しさがこもった少女の叫び、そして悲鳴。


 詳しい事情は分からないが、俺はそれを見た瞬間、全身の血が沸騰するような感覚に襲われた。


 どうして周りの人たちは誰も助けようとしないのかと、一瞬思った。

 だが次には、それは違うと思い直す。


 力がないのだ。

 一般人には、覚醒者の集団が行う理不尽な暴力に、抗う術がない。

 迂闊に手を出せば、自分がゴミのように命を奪われかねない。


 今この場にあって、それができるのは──


「──なぁあああああにやってんのよぉおおおおおおっ!」


 俺よりもわずかに早く、風音が動いていた。


 疾風のように駆けた彼女は、少女に群がっている男の一人に、勢いのついたドロップキックをかます。

 その男は猛烈に吹き飛んだ。


 風音は蹴り飛ばした反動を使って、両手を地面について跳び、見事なバク転を決めて着地する。

 あの動きは体操のオリンピック選手でもできないだろうな。


「ったく、この世界の覚醒者、下衆比率が高過ぎねぇっすか? フェンリルアロー!」


 さらに弓月のフェンリルボウが、別の一人の男を吹き飛ばす。


 少し遅れて、俺もそこに飛び込んだ。

 少女にのしかかっていた男たちの、残り二人をひっ捕まえて、顔面同士をぶつけてから放り投げる。


 直接に少女を襲っていたのはその四人だけだが、周囲には多数の武装した男たちがいた。


 俺と風音は、その男たちから少女を守るように立つ。

 弓月も駆けてきて、俺たちの輪に加わった。


「どういう事情か分からないけど、とりあえず、もう大丈夫だからね」


 風音が少女に向けて、そう伝える。


「これで助けた側が悪玉だったりすると困るが」


「この状況でそれはねぇっしょ。先輩は考えすぎっすよ」


 俺の危惧に、弓月が楽観的な見解を伝えてくる。

 俺もそう思うけど、一応な。


「あ、あんたたちは……」


 保護した少女は、呆然とした様子だった。

 だがすぐに、はたと気付いたような表情を見せて、こう叫んだ。


「って、誰だか知らねぇけど、今すぐ逃げろ! こいつらまともじゃねぇんだよ! イカレてんだ! あんたたちまで、あたしみたいに──」


「大丈夫。こう見えて私たち、強いんだよ? 信じて」


 風音がそう返しながらウインクしてみせる。

 だが少女は納得しない。


「んなこと言ったって、こんだけの人数だぞ。無理だよ!」


「まあまあ、ここはうちらに任せて。泥船に乗ったつもりでいるっすよ」


「いや、泥船じゃ沈むだろ」


「にっひっひ」


 俺のツッコミに、弓月は笑う。

 おどけて雰囲気を明るくしようとしたのかもしれない。


「なんだ貴様たちは。反逆者どもの仲間がまだいた、という様子でもなさそうだが」


 覚醒者の一団の、リーダー格らしき男が問い質してくる。

 それには風音が、呆れた声を返す。


「何だと言われても、ねぇ? 女の子に寄ってたかって乱暴している男たちを見たら、普通ドツくでしょ。──むしろ殺されても文句は言えないと思うけど?」


 風音さん、暗殺者の目で睨みつけていた。

 怖い。俺、風音にあの目を向けられたら、泣いちゃうと思う。


「ま、うちらはさしずめ、通りすがりの正義の味方ってとこっすかね?」


「正義の味方というには、欲の皮が突っ張っている自覚はあるが。ガヴィーノという名前も気になるな」


「ん、うちらの私利私欲も大事っすよね。でもこいつらはギルティっす。──っと、それに」


「ああ、出たな」


 ピコンッという通知音とともに、視界にメッセージボードが表示されていた。


───────────────────────


 特別ミッション『少女を襲っていた王国騎士たちを、すべて打倒する』が発生!


 ミッション達成時の獲得経験値……150000ポイント


───────────────────────


 どこの誰が見ているのか、見ていないのか分からないが、経験値がもらえる分には歓迎だ。


 15万ポイントってちょっと危ないのでは、と思わなくもないが、どの道ここまで来て引き下がろうという気も起きない。


 一方では、覚醒者の男たち──特別ミッションのメタ情報によると王国騎士らしい──が俺たちの扱いについて話していた。


「隊長、あれどうする?」


「ふん。どの道、王家の血筋を騙るあの娘は、陛下のもとに連れ帰って処刑せねばならん。その邪魔をするならば、反逆者の仲間と見なすよりほかにない。叩き潰せ」


「へへっ、そうこなくっちゃ。あの女二人も、ヤっちまっていいんだよな?」


「構わん。陛下に逆らう者は皆こうなると、民どもに見せつけてやれ」


「さっすがー、隊長様は話が分かるッ!」


「あの黒ずくめ女、こっちを見下してくる目がたまんねぇぜ」


「あっちの調子に乗ったメスガキも、たっぷりと泣かせてやりてぇわ」


「男はどうする? 案外かわいい顔してっから、女装でもさせて一緒に犯すか?」


「ひゃははははっ! どんだけ溜まってんだよテメェ。見境いなさすぎだろ」


 それらのやり取りに、こっちの陣営はもちろんドン引きである。


「うっわー……。下衆。お手本のような下衆っすよ。あれで王国騎士っすか。暗黒騎士か何かの間違いじゃねーっすか?」


「ていうか、大地くんまで汚い欲望の相手になったの、初めてじゃない?」


「嬉しくない。とりあえず全員ぶち殺そう。【手加減】だけしてぶち殺そう」


「賛成っす。【手加減】スキルは発動しながら、気持ちは全力でぶち転がすっす」


「そうだね。──めちゃくちゃムカつくしね。どうしたって殺意は湧くよね」


 だから風音さん、目が怖いっす。

 完全に殺し屋の目です。


 リーダー格の騎士が、怪訝そうな様子を見せつつ、部下に命じる。


「お前たち、油断はするなよ。どうも様子がおかしい。慎重にかかれ」


「ハッ、何を警戒してんだよ隊長。あの三人は八英雄か何かか? この人数差じゃ、どうにもならねぇってんだよ」


「ハッハーッ! いくぜ、かわいこちゃんたち。そこのガキと同じように、防具も服も全部ひん剥いてやるからよ!」


「たっぷりと切り刻んでやるぜぇ。いい声で泣けよ!」


 俺たちを取り囲む、二十人近い数の王国騎士たちが、一斉に襲い掛かってきた。

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