第399話 いつもの流れ
「来た、来やがった! ──フェンリルだ!」
見張り役の衛兵は、都市レゼリアの北門から続く街道の先を見て、そう叫んだ。
それから彼は、ほかの衛兵に伝えてくると言って、
俺たちはしばらくの間、同じ方向を見ても、フェンリルらしき姿を認めることはできなかった。
しかしやがて、【遠見】のスキルを持っていない俺たちにも、その姿が目視できるようになった。
そいつは巨大な白狼、あるいは銀狼とも呼べる姿をしていた。
まだ遠くにいてサイズ感はよく分からないが、それが巨大だと言えるのは、周辺の木々などとの対比によるものだ。
その巨大な銀狼が通過したあと、周辺の木々には真っ白な霜が降りているようだった。
「来ちまったっすね……」
弓月が参ったという様子で、そうつぶやく。
風音も苦い顔をしていた。
ソフィアさんら王都からの増援部隊の本隊は、まだ到着していない。
あとどのぐらいで着くかは分からないが、まだ数十分以上かかる可能性を想定しておいた方がいいだろう。
だとすれば到底、間に合わない。
レゼリアの住民の避難も進んではいるが、避難経路である南門は渋滞しているし、いろいろな事情でまだ市内に残っている人も少なくない。
フェンリルがここに到着するまでに、この都市から視認できなくなるほどのところまで、全住民の避難が完了するとは思えない。
「俺たちがやるしかないか」
俺は喉の奥から絞り出すように、その言葉を口にする。
「やる? 大地くんがやるって言うなら、私は付いていくよ」
「うちも右に同じっす」
風音と弓月が、そう追随する。
弓月の帽子の上に乗っていたグリフも、やる気満々という顔で「クピーッ」と声をあげた。
とはいえ──実のところ、怖い。
勝てる保証なんてどこにもないのだ。
負ければ終わり。
風音や弓月との楽しい時間が、俺たちの人生がここで終わりになってしまうなんて──それは、嫌だ。
そんなのは怖いに決まっている。
まあいつもの流れといえば、いつもの流れでもあるが。
炎と氷のダンジョン、クラーケン、ヤマタノオロチ──
俺たちはこれまでにも、この手の重大な決断の機会に、幾度もさらされてきた。
でもいつも、完全に同じ状況ではない。
これまではうまくいったが、次もうまくいくとは限らない。
次は俺たちが負けるかもしれない。
全滅して、三人とも命を落とすかもしれない。
俺たちだけなら、より確実に生き残る術はある。
いったんこのレゼリアから離脱して、ソフィアさんら討伐隊の本隊と合流してから、フェンリルに挑めばいい。
少なくとも俺たちだけで挑むよりは、はるかに勝率が高いだろう。
その場合、避難が間に合わなかったレゼリアの住民は、フェンリルに皆殺しにされるかもしれない。
子供も老人も、富裕者も貧乏人も、等しく血の海に沈むだろう。
でもそんなものは、俺たち自身の命には代えられない。
俺たちは、俺たち自身の人生を第一に考えるべきだ──そうやって「賢く」立ち回ることもできるだろう。
だがどうやらミッションさんは、俺たちにそういった狭い利己を求めてはいないようだった。
ピコンッと脳内で音が鳴って、ウィンドウに特別ミッションが表示された。
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特別ミッション『フェンリルを討伐し、レゼリアの住民を救う』が発生!
ミッション達成時の獲得経験値……300000ポイント
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「出ちまったっすね」
「出ちゃったねぇ」
弓月と風音が苦笑する。
俺も同じ気持ちだった。
どうやらミッションさんは、俺たちに「勇者」をやってほしいようだ。
己の身の危険を顧みず、強大な敵に勇ましく立ち向かい、力なき人々を守る。
実際にそれをするかどうかは、一応、俺たちに裁量がある。
臆病風に吹かれて、ここを立ち去ってもよい。
そんなことをして天罰のようなものが下らないかどうかは分からないが、少なくとも今のところ、そういった条件は提示されていない。
どうするかを決めるのは、俺たちだ。
この街の住民を見捨てて、俺たちの身の安全を優先するか。
勇敢に戦って、目に留まる範囲だけでも、多くの人々を守ろうとするか。
どちらを選んでもいい。
ただ今の俺たちには、ほかの人たちにはない、大きな「力」がある。
俺は一つ、大きくため息をつく。
それから街道の先を見据え、二人の相棒にこう伝えた。
「──やろう、風音、弓月。全部を掴むぞ。街の人たちを守って、俺たちも生き残って、経験値もガッポリいただく。全部だ」
「はははっ! さっすが先輩、強欲っすね」
「ホントホント。私たち二人を手籠めにするだけのことはあるよね」
弓月と風音はそう言って笑い、嬉しそうに同意した。
……これ仮に、俺が逆の道を選んでいたら、本当についてくるのかなこの二人。
ちょっと不安になるが、今はそんな、たらればを考えるようなときでもない。
「でもやるからには最善を尽くそう。この街の衛兵にも手伝ってもらう。小規模だけど冒険者ギルドもある。手を貸してくれるパーティがあるかもしれない」
それは俺たちと一緒に、死地に挑んでくれと頼むことにほかならない。
だが、あれもこれも気を配っていられる状況でもない。
「あの荒くれ連中──ヴィダルたちとやり合ったの、くたびれ儲けになっちまったっすね」
弓月が頭の後ろで手を組んで笑いながら、何でもないことのようにそう口にする。
「まあな。仕方ない。思い通りにいかないこともあるさ」
「ま、経験値はもらったんだし、よしとしようよ」
風音もそう言って笑う。
彼方に見えるフェンリルは、ゆっくりと、しかし確実に俺たちのほう──この都市レゼリアへと向かってきていた。
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