エスペリア戦記

R太

第一章

茫漠

「御願いします!」


 やや小柄で黒髪の、人間の男だった。そこそこ若かった。穏やかそうな顔立ちで、特徴は余り無かったが身体に無駄な肉は、付いていなかった。


 東の第四船着き場から奥に入った、倉庫の裏手の小さな広場の端だった。

 時々潮風が、流れて来た。雲は有ったが、陽射しは柔らかだった。

 反対側の端では海鳥が集まって、歩き回り、何かをつつき、鳴き声を上げていた。


  地味だが動き易そうな長袖の白い上衣と、足首まで有る黒い足衣を着ていた。

 右手に、細い赤布で真ん中を縛られた筒状の紙を、差し出す様に持っていた。

 腰の剣は、細身だった。鞘も柄も古びていたが、汚れは無かった。


 斜め後ろに、鋭い顔立ちのドワーフの男が立っていた。ドワーフにしては細身で、人間の男と変わらない位の背の高さが有った。種族の特徴である小柄さ、分厚く頑丈そうな身体は、余り見て取れなかった。

 しかし、ゴツゴツした肉の付き方はやはり、ドワーフの物だった。

 頭の両側で編まれた髪の毛も、そんなに長くは無いがやはり編まれた顎髭も、薄めの茶色をしており、革鎧の胸当て、肘当てと組み合わさった上衣、同じく革鎧の脛当て、腿当てと組み合わさった足衣、共に茶色だった。

 やはり薄茶色の、革の手甲も着けており、茶色尽くしな印象だった。

 両腰にそれぞれ、小振りの手斧を付けていた。


「お前ら、楽しいな!最高だよ!」


 二人と対峙していたのは、銀族エルフの男だった。


 広場は、時間や状況によっては様々な荷が並べられ広げられ、多くの行き来が有ったりもしたが今は、静かだった。

 船着き場まで出れば、三大種族取り混ぜて様々な人々が様々に暮らしを営んでいたが、それもやや落ち着いていた。




 四つの国が、争っていた。

 中に居る者達にとっては極めて重要であるが、外から見れば些細な事柄だった。 

 だが結局、中に居る者の声が優先される訳である。




 大陸は、混沌としていた。

 様々な力、様々な勢力、様々な魔力が様々に、蠢いていた。

 心有る者は、感じ取っていた。




 クー・カザルは、自由都市である。  

 自由。素晴らしい言葉である。




 エルフらしく、対峙している二人よりも大分背が高かった。均整の取れた、身体付き。種族の特徴である銀髪、白い肌にも美しさが有り、顔立ちも整っていたが、不快そうな表情によってかなり、歪められていた。


 人間の男とドワーフの男は、冷静な顔付きをしていた。


 上衣は、絹らしかった。脚衣もかなり上質な布の様だったが、ただ、どちらも大分時が、経っていると見えた。足衣には二ヶ所程、破れ目が有った。


 少し離れた場所に、人間の男が三人固まって、無表情に状況を見ていた。皆、衣服はかなり汚く、髪や髭も手入れされていなかった。足衣は全員、膝までしか無かった。

 それぞれの足元に、取っ手にも成る様に縄でくくられた大きな木箱が、置かれていた。


「本っ当、楽しいよな…商会の手下やっててな!」 


「我々も、仕事ですから…申し訳無いです!」


 沈黙が、訪れた。エルフの表情は、歪んだままだった。


 突然エルフは、人間の男の手にしていた筒状の紙を、毒でも塗られているかの様に端をつまんで素早く、取った。


「有難うございます!」


「お前、精霊戦士だよな?」


「そうです!」


「ヒョウって言ったよな?」


「ヒョウと申します!」


「それから、後ろの魔術師…アルトナルドっつったか?」


「はい」


 ドワーフの声は穏やかで、物静かだった。


「素敵な名前じゃねえか、二人ともよお…しっかり、覚えたからな!」




 洞窟は、薄い水色や白の氷に稜線が覆われた山脈の裾の、切り立った崖に口を開けていた。

 岩場の谷間を行く一行の前方に見える、入り口の天井の高さは建物三階分は、有りそうだった。


 先頭に立つ人物は、動き易そうだが地味な旅装だった。

 異形だったのは、目を覆う面当てを着けている事だった。

 為に顔立ちは判然としなかったが、鼻や口で見る限り、人間の男だった。

 鋭い鼻筋、引き締まった顎。肌は、白みがかっていた。


 面当ては、顔の形にぴったり合わさっていた。

 黒い物質で出来ていたが、何なのか判然としなかった。表面に、細く赤い線が何本も、直線だけで出来た図面の様な模様を描いていた。

 目の位置にそれぞれ十字の切り込みが有って覗き穴と思われたが、かなり細かった。

 見るには不十分そうだったが、動きは全く滑らかだった。

 砂利の散らばる岩場を歩いているにも関わらず、素早い足取りだった。


 腰の剣は、旅姿に似合わず大振りだった。


 空は一面、白や灰色が入り交じってゆっくりと動いていく雲に覆われていた。風は、冷たかった。


 後から行く二人も、人間の男だった。

 胴鎧、兜、脛当てを身に着けていた。

 一人は髭を蓄え、一人は剃っていた。肌は日焼けした様な褐色、手足とも太かった。

 それぞれ、腰に広刃の剣、反対側の腰に小さな矢筒を着け、肩の後ろに丸形の小さな盾を、背中に小弓を背負っていた。

 歩みに合わせて、鎧からカチャカチャ音がしていた。


 道筋の両側の岩山も、かなり急斜面だったが崖は、正に壁だった。

 入り口は、何者かの手が入っているかの様に、整った半円をしていた。

 何処まで伸びているのか、全く見て取れなかった。光が届かなくなった直ぐ先は、目を凝らせば何となく見えそうな暗闇だったがその先には、真の暗闇が有った。


 面当ての戦士は、歩みを止めた。

 後ろの二人も、倣った。

 面当ての戦士はいきなり、剣を抜いた。


 刀身が姿を現した瞬間、空気が揺らめいた様な感覚が、流れた。気が付かずに汚れていたのが、一瞬で浄化されたかの様だった。

 曇り無く、磨かれた刃。

 特に装飾は、無かった。しかし、先端まで均整が取れていた。

 後の二人は小弓を背中から外し、矢を抜いた。


 面当ての戦士は、剣を目の前の地面に突き立てた。砂利と当たって、音を立てた。柄に片手を乗せると、洞窟の中に顔を向けた。


 それは、挑戦状だった。


 後の二人は、両側に分かれた。弓と矢は、いつでも構えられる様に握られていた。




 セトの海は、大陸に割れ目の様に入り込んだ細長い内海である。沿岸には、幾つもの国が有った。内陸の国々にも外海へ、更にその先へと繋がる港をもたらしてくれる場だった。

 同時に、陸地を進む者にとっての障壁でもあった。沢山の船が、往来していた。

 沿岸のどの国も、そうで無い国も領海を主張していたが、為に結局、どの国に属しているとも言えなかった。

 政治。

 軍事。

 幾つもの自由都市が存在しているというのも、そういった事と関わっていた。


 無数の入り江、点在する島々。

 安全な海とは、言えなかった。




 クー・カザルは、紙袋川と銀龍川、二つの川が流れ込む湾内の紙袋川の河口に、在る。

 「旧帝国」に遡る、街である。

 二つの川それぞれの河口に向かって入り江が、鋭く尖る様に伸びていた。それぞれ角の様だという事で、二角湾と呼ばれている。

 街は、紙袋川によって二つに分けられ、入り江の両側にそれぞれ扇状に広がっていた。鳥の羽根の様であるという事で、そのまま「羽根の街」とも呼ばれていた。

 紙袋川も銀龍川も、川船の行き交う川道だった。

 川岸も海岸も、街中の大半が船着き場だった。一部は、市壁の外にも進出していた。


 紙袋川の周りは平地だったが、銀龍川河口の周辺は岩山で、街たるのは難しかった。

 湾の、それ以外の場所は大半、急な岩場に囲まれていた。岸のすぐ近くまで水が深く、繋留には適していた。

 銀龍川を下って来た船は、まず二角湾に出てから、街に向かった。川岸にも、小規模ながら桟橋が置かれてはいた。




 洞窟の奥から聞こえて来たのは、柔らかい足音だった。何体かの人型が、見えて来た。

 足早に、三人の方へ歩いて来る事を生きていると呼ぶなら、生ける者達だった。

 動いては、いた。

 元は恐らく、皆人間だった。いずれも、最初の死の後年月を経て、腐乱した肉体が乾き収縮して、骨の上に厚めの革を張り付けた様に成っていた。腹は、えぐれた様に凹んでいた。内蔵が抜け落ちた事を、窺わせた。鼻も無くなり、眼窩には、やはり収縮した茶色い物が残っているだけだった。

 剥き出された歯だけが、やや顔らしさを残していた。

 要するに、動かず横たわっている姿を目にするのは荒野では珍しく無かったが、目の前に居る者達は、歩いているのだった。

 一体には、左肘から下が無かった。

 皆、はっきりと戦士達を目掛けて進んで来ていた。


「難しいぞ…弓では」


 突き立てていた剣を持ち上げながら、低いが良く通る声で面当ての戦士が言った時には既に、両側から矢が放たれていた。

 一本は、一体の頭の横を掠めて洞窟の闇に消えていったがもう一本は、別の一体の胸板辺りに突き立った。

 根元まで、一気に刺さった。

 しかし人型は、物が突き当たった衝撃に揺れたもののそれ以上、痛みとも傷とも感じていない様に歩みを止めなかった。


 面当ての戦士は、後ろに引く様に両手で剣を構えた。

 瞬間、刃の片側が、内側から吹き出したかの様に炎に包まれた。

 同時に、もう片側も炎に包まれて、ただ、こちらは色が白だった。

 丁度真ん中で色が分かれて、混ざり合う事は無かった。


 人型達が、外の光の中に出て来た。


 戦いは、短かった。

 燃える剣に切り裂かれると人型は、普通に生きている者が切られたのに似て倒れ、動かなくなった。

 もっとも、痛みを感じている様子は無かった。

 切られた痕に沿って、移ったかの様に切った刃のそれと同じ色の炎がチロチロと、燃えていた。それ以上燃え広がる訳でも無く、しかし消えなかった。


 その間に二人も、それぞれ一体ずつを倒していた。

 盾で押し返す様にしつつ、剣を振るうと人型は簡単に、切り裂かれていった。

 しかし、二人の剣で切られても、矢を受けた時と同じく傷も痛みも感じていない様だった。

 地面に落ちた腕が、それでも何かを掴もうとするかの様に手を開いたり閉じたりした。

 頭が割られ、首と胴が切り離されてようやく力が抜けた様に倒れたが、それでもビクビク動き続けていた。




 新たな足音は、重たかった。金属と岩が、当たる音。

 闇の奥に姿を現し始めたのは、全身を甲冑の様な物で包まれた、大柄な人型だった。

 刃も柄も一体の、漆黒の石の様な物で出来た戦斧みたいな物を持っていた。

 普通の生き物で無いのは、明らかだった。

 甲冑は、黒や緑の入り交じった色をしていた。何とはなし、汚泥の様なぬめりが有った。


 背は三人より少し、高い。

 太く短い足、胴の長さ、やはり太く短い腕、三大種族のどれとも身体付きは違っていた。

 いずれにせよ、繰り返すが普通の生き物で無いのは明らかだった。

 甲冑は、完全に一体化して全身を被っており、顔に当たる部分も例外では無かったが。

 顔の片側半分だけ、真ん中で割られた様に鎧が存在せず、中が見えていた。

 そこに存在したのは、のっぺらぼうに顔型を形作っているだけの、濁った灰白色の粘液の様な物だった。

 流れ出す様子は、無かった。

 残り半分を覆う面当てに、覗き穴や呼吸穴は無かった。そちらも、のっぺらぼうだった。

 人型をした粘液の固まりに、甲冑を被せているとでもいう事なのか、或いは、隠された部分には更に別の、異形が潜んでいるのか?


 ゆっくりと、歩みを進めて来た。

 三人は再び、剣を構えた。




 ケチャリアの王は、細長い執務室の奥に置かれた木の椅子にもたれ、天井を見つめていたがやがて、目を閉じた。

 部屋の隅に立つ侍従は、身動きしないままだった。

 前には、分厚い板で作られた机が置かれ、二枚の地図が広げられていた。

 数冊の書物も、端に置かれていた。

 細長い顔立ちの、痩せた人間だった。無造作に伸ばされた髭が、顎を完全に隠していた。


「哀れな私めを此の苦役から、どうぞどうぞ解き放って下さいませ!」


 足早に入って来た男は、顔立ちも身体付きも中々均整が取れて、美しかった。


「元気そうだな」


 言ってから王は、目を開いた。


「仕事の数々、押し潰されそうでございます!」


「仕事が有るとは、喜ばしいではないか」


「これはもう、酷過ぎますぞ!」


「何か知らせを持って来てくれた様で、嬉しいぞ」


「陛下の御耳を煩わすのは真に、心苦しいのですが…」


「自分は、楽しみにしておる…話せ」


「緑龍候からの、便りにございます!」


「何と?」


「我々への、全面的な支持にございます!」


「有り難いな」


「勿論、陛下の御威光と比べた時緑龍公など、小さき者…支持は、当然でもありますが!」


「その様な事を、言うもので無い」


「全て、陛下への尊敬でございます!」


 男はそれからも暫く、情勢に関する己の考えと王への追従を述べてから部屋を、出ていった。


 王は再び椅子にもたれ、目を閉じた。

 侍従は、やり取りの一切が目にも耳にも入っていないかの様だった。


 小太りの小柄な男がそっと入って来たのは、王が姿勢を起こし、卓上の地図に目を向けつつ考え事をする様に成ってからだった。


「キャシャが既に、伝えてくれておるぞ」


「相変わらず、有能ですな」


 丸みの有る顔、小さい目は陽気そうにみえたが、視線は鋭かった。


「どう見る?」


「緑龍候が我等を支持するであろう事は言うまでも無く、明らかでした」


「正確には、どの様に言って来たのだ?」


「『何が有ろうと我等の友誼は永遠に変わり無く、全力を挙げて支持させて頂くでありましょう』」


「実際に、こうなった時にはこの様にする、といった話は無いのだな」


「同じ様な書を、アル=カリアにも送っておりましょう…そうして銀翼国とカイザリアには特使を送り、よんどころなくあちらを支持したが、いつでも切り替える用意が有る、と話しておりましょう」


「で、あろうな」


「真に許し難き、二枚舌にござります」


「もし緑龍公が、それ位の事もせずにいる様だったらお前は寧ろ、憤っておろう?」


「良く御存知ですな」


「今自分が、何を考えているか判るか?」


 小太りの男が返事をするまで、暫く間が有った。


「自分は決して、忠義の臣とは申せませぬが…」


 これまでより、言葉はゆっくりだった。


「陛下の空しさは、判っているつもりでございます」


「緑龍候が寧ろ、我々を支持せぬとでも言ってくれればな」


「そうなれば、争いの勢いは削がれますからな…残念ながら緑龍候であれ他の諸王であれ、それだけの器量は有りませぬ」


「一体何故、つまらぬ意地を抑えて譲り合う位の事が長の年月、出来ぬのだ!」


 王の声は、大きくなった。


「『四愚者』というのは真に、正しいぞ…そもそも、今はアル=カリアと組み、銀翼国とカイザリアと争っているが、銀翼国と同盟を組み、アル=カリアとカイザリアの仲が良かったのはつい、最近ではないか」


「必要なのは『駄々っ子の様な阿呆をさっさと止めろ』と、当然の理を言ってくれる国でございましょうな」


「実にささやかな、望みだな」




「簡単な、仕事だったな!」


 様々な紙や書物が置かれた、大きな机の後ろに座った中年のドワーフは、やや猫背だった。複雑に編まれた顎髭が、垂れ下がっていた。

 横にはもう一人、背の高い人間が立っていた。

 机の前に立っていたのは、ヒョウとアルトナルドだった。

 腰の剣と手斧は、入り口の脇に立て掛けられていた。


「楽だったろ?」


「話を貰った時は、こういった仕事を揉め事無くこなせる傭兵は、滅多にいないと言って貰えたんですけれどね」


「そうだったか?」


 背の高い人間は、無表情に戸口の方に目を向けていた。


 それほど大きな部屋では、無かった。

 片側の壁は、天井まで有る大きな棚に塞がれていた。紙束や書物が様々に区分けされて、収められていた。


 「ところで、あのジャフリカって奴は、何をやったんです?」


「そんな事も知らずに、召喚状を渡しに行ってたのか?」


「重要事では、無いですから」


「聞かれたから、答えますが」


 背の高い人間が、口を挟んだ


「特に珍しい事は、何も…港湾料の未払い、無許可の荷物」


「有難う」


「逆にヒョウに聞きたいんですが、あの男、ちゃんと出頭すると思います?いや、とにかく渡しちゃいさえすれば問題無いのは、言うまでも無いんですが」


「するだろうね…それ位には、頭が良いと思う。ただ、自分の事を頭が良いと思い過ぎてるから、これからも又、同じ事を繰り返すだろうね」


「さすが、優秀なる傭兵だな!」


「有難うございます」


「ところで、新しい仕事が有るんだが…今度は、ちゃんとしたやつだ」


「船ですか?」


「そうだ」


「『冬餉号』ですか?」


「良く、判ったな!」


「大抵、そうじゃないですか」


「そうだったか?」


「三角航路です」


 再び、背の高い人間が言葉を挟んだ。


「知っていると思いますが、殆ど荒事は起きて無いです…これこそ、楽な仕事になるのかもしれませんがとにかく、護衛は欠かせないって事で」


「楽な仕事なんて、無いぞ!とにかく、宜しく頼む!」


「有難うございます」


 ヒョウとアルトナルドはそれぞれ、軽く頭を下げた。


「正式な掲示を、数日以内に出します」


「判った」


「気を付けてな!」




 クー・カザルを二角湾から見るとまず目を引くのは、西の端の要塞であろう。「旧帝国」からの物だった。分厚い城壁、建物の集合体。

 装飾は殆ど無かったが、機能がそのまま美に転じた趣が有った。

 要塞の下に広がる、いわゆる旧市街の家並みは、建物も大きく、造りもしっかりしていた。

 紙袋川によって区切られた東側の街は、より貧しく、小さく安作りな家々だった。

 「一の橋」が両者を、結んでいた。




 石畳は、厚く頑丈だったが割れ目や穴も、多かった。

 ヒョウもアルトナルドもごく自然に、避けて歩いていた。早足では無かったが、自然な動き故に速く見えた。


「大修理に、期待かな」


「実現しないだろ」


「五分だろうな…」


「まとまらないだろ」


「要は関税の、一時値上げだからな…」


「評議会も、まとまって無いだろ?」


「どっちにも正しさ、有るからな」


「あの男は、相変わらず鬱陶しかったな」


 ヒョウの声でも、アルトナルドの声でも無かった。しかも、ヒョウの上衣の胸元の中から聞こえて来ていた。


「ザンクナール氏は、取り敢えず仕事は出来るからな」


 ごく自然に、ヒョウは答えた。


「鬱陶しい事に、変わりは無い」


 声は再び、ヒョウの胸元から響いた。


「嫌いでは、無いぞ」


 ヒョウは胸元に手を入れると、片手に乗る位の黒い、お皿の様な物を取り出した。

 円形で無く、八角形だった。真ん中に、半透明の白い石が嵌め込まれていた。加工はされていない様だったが、波に長く洗われていた様に表面は、滑らかだった。丸に近い形をしていた。

 金属にも石にも、見えた。表面に何本もの細く赤い線が、何となく石を囲む様に直線だけで作られた図面みたいな模様を、描いていた。深く、しかし澄んだ、宝玉の様な、赤だった。


「本音を、言え…本音を言わないのが、お前の悪い癖だ」


 声は、その黒い物体から、発せられていた。


「同感」


 アルトナルドが、口を挟んだ。


「とにかく、船に乗る準備をしなきゃ」


「海は、良いな!好きだ!」


「荒れない事を、祈ろう」


「お前達は、溺れるという事が有るからな…気の毒に」


「いつか、大海の真ん中で投げ込んでやるぞ」


「好きにするが良い…何度も言っているが、自分は海の底でも全く、苦にならぬ」


「少なくとも地上は、静かになる」




 人間の男で、肌の色はヒョウより浅黒かった。輪郭のはっきりした、鋭さを感じさせる目鼻立ちだった。黒髪を、頭の後ろでまとめる様に束ねていた。

 船着き場の端で、二角湾内に目を向けていたが表情には、深刻そうな佇まいが有った。

 腰の剣は、やや反り身の独特な形をしていた。鞘の意匠も、珍しい物だった。




 室内に居た数人はいずれも、赤覇エルフだった。

 赤い目、黒灰色の肌に灰白色の髪。

 全員、黒地に銀の縁模様の旅の長衣を、着けていた。その下の服装や武器は、判然としなかった。

 一人を、他の者が囲む様にして立っていた。


「ペルララス様から命を受けた物は、確認出来たか?」


「はい…数日後に、出港します」


 中心に居るエルフの問いに、囲んでいる内の一人が答えた。


「やはり、海上で動くべきか?」


「はい…港で動いて騒ぎに成れば、厄介です。市兵や魔術院が、駆け付けて来る事態も」


「何という船だ?」


「『冬餉号』です」


「面白い、名前だな…護衛は?」


「三角航路は、安全とされております…二人という所でしょう」


「調べておけ」


「勿論です」


「クー・カザルの傭兵を侮るのは、危険だからな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る