第32話 まったりのんびりが近付く!
西の館の改修、難工事ではなしがまとまらないと思いきや、
めっちゃお得なはなしをもらった。
「もちのろんなのじゃ……」
ですよねーっ! 天下の猫谷組に二言はない、ですよねーっ!
「……ただし、条件があるのじゃ!」
なるほど、そうきたか。
聞いたことがある。『猫谷組』は無理難題を吹っ掛けてくる、と。
ただし、その無理難題に応えれば『猫谷組』の仕事は完璧という。
「工期は4ヶ月じゃ。その間、西の館は男子禁制とする、のじゃ!」
「なーんだ。そんなの簡単ですよ!」
元々、ここに男子は僕ひとり。他に男子はいない。
「では、早々に立ち去るのじゃ!」
「えっ? どどど、どうしてさ……まさか!」
僕もダメってこと? 家主なのに?
「そのまさかなのじゃ。殿下も男子、居てもらっては困るのじゃ!」
「そんなこと、できませんよ。僕にだって仕事があるんですから」
西の館の見まわりだ。もっとも、その西の館が改修されるんだけど。
「では、このはなしはなかったことにするのじゃ。さよならなのじゃ」
「ご主人様、もったーい、ないさーっ! それに、みっとーも、ないさーっ!」
「わ、分かったよ。でもせめて3日。工事をはじめるのを遅らせて欲しい」
その間に、4ヶ月暮らす場所を確保する。あてがないわけではない。
「了解なのじゃ。明日には図面と工法の説明をするのじゃ」
「それでは、全額前金でいただきます」
こうして、僕の財布は空っぽになった。
短いが、まったりのんびりすることができる時間がおとずれた。
ソファーに腰掛けると、うっかりぐっすり寝てしまう。
「おーい、トールやーっ!」
「はいはい。今度は何ですか?」
「チュロスじゃ! ラッキーアイテムはチュロスじゃ」
「それ、サイコーですよ。僕、砂糖をまぶすのには自信があるんですよっ!」
「華麗に決めるのじゃぞーっ!」
「もちのろんです!」
短い夢だった。
ハーカルス大宮殿。父王に謁見。改修工事のことをはなす。
「そうかそうか。『猫谷組』がやってくれるか!」
「でも、お高いんでしょう⁉︎」
「それが何と、たったの大金貨10枚!」
何のはなしだ。
「安い」
「安いわ」
「その代わり……」
「なんじゃ? 何か無理難題でも吹っ掛けられたか?」
「『猫谷組』のやりそうなことねっ!」
「実は4ヶ月間、僕に出ていけと言うんですよ……」
「いいじゃないか、出ていけば」
「そうよ! それで済むなら安いわ」
「そこで相談なんですが……4ヶ月間、領地の視察に出ようと思うのです」
「よかろう。わしが費用を出す。その代わり、条件がある」
「貴方、『猫谷組』の真似はしないでちょうだいね!」
「おっ、おてやわらかに……」
父王の出した条件、それは……。
「西の館の警備隊を配してからにすること!」
意外にも真っ当な条件だった。改修中に何があるか分からない。
ただし、男子禁制となれば、隊長から隊員まで女子だけの編成が必要だ。
そんなことのできる人材は、この国には2人といない。
「簡単じゃない! チャッチャちんに頼めば直ぐよ!」
言いながら化粧をする母上。まだ張り合うつもりのようだ。
チャッチャ様に頼むことがどれだけ難しいのか、考えて欲しい。
僕は、みんなが思う以上に追い込まれている。
ゲストルーム。今日の連れは新参のトーレに加えて、エミーとアイラ。
2人なら、トーレと仲良くなってくれるのではと期待の人選だ。
僕の意を汲んで歩み寄ろうとする2人に対して、全く意に解さないトーレ。
どうやら職務を放棄してゲストルームを抜け出してしまったようだ。
自由奔放に振る舞うトーレだが、想定の範囲内としておこう。
「まぁ、宮殿が珍しいんだろうね。しかたないさ」
トーレを庇う。少しでもトーレの印象を悪くしないようにしなくては。
「あー、トーレが出ていったのはあいさつまわり」
「ご主人様ご存じないんですか。トーレは宮殿内では有名人なんですよ」
あれれ? 2人の反応は予想と違い過ぎて、想定の範囲外……。
「あいさつって、一体、誰に? どうしてトーレが有名なの?」
「あー、デザインの力で全てを解決するデザイナー」
「トーレはハイブランド・トーレビアン創業者、ですよ」
そんなに有名なデザイナーだったとは、知らなかったのは僕だけのようだ……。
でも、トーレが娼婦ではなく有名なデザイナーだと知っていて、
みんなはどうしてトーレを警戒していたんだろう。新たな疑問だ。
「どうしてみんなは、トーレを避けていたんだい?」
「あー、トーレはデザインの力で全てを解決してしまう」
「みんなのことは分かりませんが、私は自分の幸せは自分で掴みたいです」
アイラの描く幸せって、どんなものだろうか、気になる。
それ以上に、アイラの自分で幸せを掴みたいという気持ちに共感する。
僕だって、王子だからこの国のために生きるのは当然だけど、
それだけではない僕にとっての幸せについても追求したい。
そしてそれは、できれば自分の手で成し遂げたい。
西の館でまったりのんびりするのもその1つ。
「みんなの気持ちが分かった気がするよ」
「あー、でもトーレも今では立派な西の館のメイド」
「トーレが掴みたい幸せを私たちが邪魔することはありません」
幸せが何なのか、今の僕たちには正確には理解できない。
それを自分の手で掴みたいという気持ちは、みんなで共有しなくてはいけない。
「兎に角、みんな仲良くしてくれれば、僕はそれでいいんだ!」
「あー、それより、宮殿舞踏会ではチュロスを華麗に決めてください」
「? エミー、急にどうしたの?」
予言的なことを言うエミーに驚くアイラ。目をまん丸にしている。
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