第50話

「たぶんね」


 そう答えたその人の顔を自分はずっと忘れない。


 そのときそう思った。 


 愛しそうで悲しそうなその笑顔が胸に刻まれて消えない。


 どうしてと思った。


 どうして死ななければならない?


 どうして生きていくことを諦めなければならない?


 問いかけても意味はない。


 この人は既に自分の死という現実を受け入れている。


「ごめんね?」

 

 その言葉がどういう意味だったのか、問いたくて問えなかった。


「主神」


 呼び声は苦く自分でも驚くほど低い。


「四聖獣。きみには悪いことをしているよ。いつも護ってくれたのに、それを無にしてた。ほんとにこめん」


「謝る必要なんて」


 言い返しかけて現実を受け止めきれない自分は次の言葉を失ってしまった。


「再び出逢えるなら、そのときは対等な立場がいいね」


 笑顔でそう言われ、そのときは護りきると自分に誓っていた。


 もしそのときがあるなら二度と失わないと。


「だれかを愛して愛されたい」


 この人の望みはいつもただそれだけ。


 そしてただそれだけの望みが叶わない人でもある。


 なにも言えずに眼を逸らすしかなかった。


 死の間際になっても愛されるということを知らずにいるこの人を前にして。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る