マツモト
3日間の探索を終えたイタルは、フラットに戻るとそのままベッドに倒れ込んだ。
「疲れた…」
居住区の暮らしでここまで疲労することはほとんどない。
有り余るほどの物資とエネルギーに衣食住は満たされ、自身の適性に合った「奉仕」以外にやることがない。
折に触れて開催されるイベントに参加したり、あるいは主催したりして他者との社会的接触を楽しみ、AIが生成する個々に最適なコンテンツでリフレッシュする。
それが居住区での日常だった。
非日常で刺激的な域外での探索で、見た物、触れた物をひとつひとつ思い出しながら、イタルは頭の芯が痺れるような疲労を味わっていた。
「イッタルちゃ〜ん、ま〜た疲れて帰って来ちゃって〜。ドーパミン過剰分泌でコルチゾール転換しちゃってんじゃん? KTVV2単位いっちゃう?」
マツモトだ。
「うるさい」
ベッドに臥したまま、イタルは答えた。
個人AIアシスタントは個人に最適化される。
マツモトは、イタルに最適なAIだ。
「も〜、イッタルちゃんがうるさいの好きだから、オレうるさいんじゃん? まあまあ、とりあえず1単位だけいっといて、今日は風呂入って寝よ。はよはよ。」
マツモトはイタルの首筋にKTVVを1単位注射すると、イタルの横でビヨンビヨンとジャンプし始めた。
「はい風呂風呂。はよはよ。」
マツモトはテディベアの形をしている。
KTVVの影響で頭の痺れが和らいだイタルは、もそもそと起き上がり、3日ぶりのオゾンシャワーを浴びて、いくぶんさっぱりした気分でベッドに戻った。
横になって天井を見上げていると、クマ型のマツモトがいそいそと添い寝をしてくる。
「イタルちゃん、眠れそう? 探索帰りはアタマいっぱいで、疲れてんのに眠れないじゃん? お歌歌ってあげようか?」
「う〜る〜さい。」
個人AIアシスタントは、イタルがアタッチパルプログラムを終了した年に支給された。
「マツモト」と名前をつけたのも、クマの姿にしたのも、アタッチパルのケンドウ・ソガだった。
マツモトさんは、養育院でイタルを世話していたナニーの名前。クマは、イタルが幼い頃に可愛がっていたぬいぐるみだ。
「オレに最適なAIなのに、なんでこいつマツモトさんにもソガさんにも似てないんだろ…ソガさん、いまどこだっけ? 帰りは6期の末か…砂漠ってどんなところなんだろ…何が…」
天井を見つめながら、ぐるぐると考えていると、隣からクマが「イタルちゃん、呼吸浅いよ〜。眠剤もいっとく?」と囁いた。
「わかったわかった、もう寝るよ。おやすみ。」
クマに背を向けるように寝返りを打つと、イタルはすぐに眠りに落ちた。
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