第5章 人生初デート?

第25話 感謝の気持ちは甘えで

 初配信の翌日。

 明け方に寝たこともあって、昼近くに目を覚ました。


 朝食兼昼食をふたりで食べた後。


「愛里咲さん、今日は配信する?」

「うーん、毎日、配信するって、大変じゃないかな?」

「たしかに」


 1回2時間配信するとなると、けっこうきつい。

 純粋に配信する時間以外にも、ネタの企画やサムネ作り、機材のテストなどの作業がある。ふたりで手分けをするにしても、それなりの時間がかかる。連日は厳しい。


「ありさたちプロを目指してないじゃん」

「そうだな。趣味の個人勢だし」

「うん、ありさ的には詩音ちゃんに成功体験を積んでほしいだけなのよね」

「それが僕たちの契約だしね」


 天才の愛里咲さんが、僕が自信を持てるようにする。その代わりに、僕が彼女を甘やかす。僕たちはそういう関係だ。


 気をつけないと、愛里咲さんの思わせぶりな態度にやられそうになる。彼女みたいな非の打ちどころのない子が、僕を好きなわけないのに。


 本題から思考がずれてしまった。


「でも、愛里咲さん。真剣に活動して、人気を狙っていかない?」

「どういうこと?」

「だって、派手な成功の方が、良い成功体験になると思うから」

「……詩音ちゃん、やる気が出てきて、良い傾向だね」


 愛里咲さんは微笑を浮かべている。が、どこかに含みがあるような感じだった。


「でも、ずいぶんハードルを上げるんだね?」

「うーん。愛里咲さんは反対なのかな?」

「ううん。詩音ちゃんがどうして挑戦したいなら、応援する」

「なにか懸念が?」

「万が一、思ったように結果が出ないと、落ち込んじゃうかも」

「言われてみれば、そうだね」


 間違いなく、自分を責めまくる。


 昔の僕は周りの人に近づきたかった。

 運動ができたり、ゲームがうまかったり、会話が面白かったり。そおういう人がうらやましくてたまらなかった。


 結果、自分の力を無視して高い目標を掲げていた。僕みたいな不器用で、運動能力もない人間ができるわけないのに。


 挙げ句の果てに、挫折してばかり。どんどん自信をなくしていったんだ。


 愛里咲さんは僕の弱点を見破っている。


「だから、できるだけ目標は低くするの」

「へぇ〜」


 愛里咲さんの考えは意外だった。


「でも、向上心がないとか怒られそう」

「そういう人はいるね。けどさ、今の詩音ちゃんに必要なのは自信だよぉ」

「自信、自信って言うけど、自信のメリットって?」


 教えを乞うつもりで聞いてみた。


「積極的にチャレンジできるようになることかな」

「チャレンジ?」

「自信がない人は失敗を恐れて、チャレンジできなくなることが多いの。逆に、自信満々な人は積極的に行動して経験値を稼ぐ。だから、レベルアップして、スキルも身につけていくの」


 そういえば、クラスの陽キャたちは自信に満ちていて、 積極的に人に話しかけている。その結果、対人関係のスキルを伸ばしている。天海さんが良い例だ。


「ってわけで、最初は無理のないペースで活動をしていって、小さな成功を繰り返していけばいいと思うの」

「スモールステップだね」


 愛里咲がうなずいた。

 前にも聞いたことあるような気がする。いまいち、身についていないようだ。


 さすが、愛里咲さん。甘えとブレーンを兼ね揃えた逸材である。


「具体的には?」

「まずは、週に3回配信して、大きなミスをしないとか」

「それだったら、できそう」

「うん、『できそう』ってのが大事なの!」


 愛里咲さんが身を乗り出してくる。


「じゃあ、僕たちの当面の目標は、『週3の配信を確実にこなす』でいいかな?」

「テスト前とかは例外にしとけば、いいと思う」

「なにからなにまで、おんぶに抱っこだね」

「ううん、ありさもおんぶと抱っこをしてもらってるし、プラマイゼロだよぉ」

「物理的な方だった⁉︎」


 僕的にはプラマイゼロじゃない。おんぶと抱っこは、むしろ役得だし。


 このまま、一方的にしてもらう立場なのも気が引ける。

 なにかで感謝しなきゃ。

 しばらく考えた後。


「そうだ!」


 僕の大声に愛里咲さんが目を大きくする。


「ごめん、驚かせて」

「ううん、新鮮な詩音ちゃんボイスが聞けて、ご褒美だった」


 恥ずかしくなる。


「それで、思ったんだけどさ」

「うん」

「活動が週3で、今日は休みでしょ?」


 愛里咲さんが僕の口を見つめている。僕の言葉を待っているようだ。


「時間もできたことだし、どこか遊びに行く?」

「……」

「あっ、もしかして、用事あった?」

「ううん、ありさ、あまり誘われないから」


 愛里咲さんの声はいつもより低かった。


 うすうす気づいてはいたのだが、愛里咲さんは放課後はまっすぐに帰宅する日が多い。用事で外出するのは、部活の助っ人に行くぐらい。


 友だちと遊んでいる気配がなかった。僕みたいなボッチじゃないのに。


「学校では普通に話すんだよ。でもね、みんな愛里咲を特別扱いして、友だちって感じじゃないの」


(僕とは逆方向で目立ってしまい、友だちができないのかな?)


「例外は、詩音ちゃんと、陽葵ちゃんぐらい」

「……どっちも甘えモードを知ってるね」

「ふたりなら安心できるから、甘えるんだよぉ」


 僕を受け入れてもらえて、うれしかった。


「なら、今日は僕に日頃の感謝をさせてくれない?」

「うん、最高にうれしい。えへへへへ」


 満面の笑みを見ていると、こっちまで幸せな気分になる。


「日頃の感謝なら、徹底的に甘えさせてよぉっ」

「いいけど、人前でできる範囲でね」

「なら、ふたりきりになれて、誰にも見られない場所に行こう!」


 愛里咲さんが僕の手を握ってきた。

 胸が激しく高鳴る。


(まさか、えっ……な)


 勘違いしたらダメなのに、変な妄想をしてしまった。


「善処します」


 高校生にふさわしい場所で、彼女を喜ばせよう。

 準備を済ませ、家を出る。

 梅雨真っ盛りの中、快晴に恵まれていた。

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