第19話 決断

「天海さん、僕なんかがVTuberとか、からかってない?」

「ノンノン☆」


 天海さんは首を横に大きく振る。金髪のツインテールがぴょんぴょん跳ねた。


「あたしさぁ、面白いのが大好きでさ。いろんな人と積極的に話してんだよね☆」

「う、うん」


 学校では、陽キャグループで騒いでいるので、非常に納得できる。


「けどさ」


 いつも笑顔な天海さん。急に真顔になり。


「陰キャをからかって、『ドッキリでした』的なイジメだけはしたくないっての」


 口調からも本気なのが読み取れた。

 もしかして、彼女は陰キャに都合のいい陽キャなのかも。


(現実にいるんだなぁ)


 感動しかけたけれど、愛里咲さんがいた。僕を全肯定する謎の天才だし。


「お笑いでときどき見るじゃん」

「ん?」

「素人をいじって笑いを取ろうとする人」

「ああ、たしかに、あるね」

「あたし、あれ、嫌いなんだ☆」


 天海さんは飲み物を飲んでから、話を続ける。


「相手が嫌な思いをしてるかもしんないし☆」 


 天海さんへの印象が変わった。

 いつも元気で、僕とは別の人種だ。

 けれど、話してみたら、かっこいい人だった。外見は小学生みたいなのに。


「芸の世界にはいろんな考え方もあるし、他人のやり方を否定するつもりはないよ」

「そうだね」

「けど、芸にもモラルはあるし、みんなが楽しめないとね☆」

「良いこと言ってるね」


 愛里咲さんも機嫌良さそうにうなずいている。

 ところで、ふと疑問に思った。


「でも、この前、陰キャ戦闘力がどうとか、僕を笑ってたよね?」

「ああ、あれ? 別に、バカにするつもりはなかったよ。あたしから感じた詩音たんの印象を正直に伝えただけで」

「……本音で話しただけで、からかうつもりはない。だから問題ないってこと?」

「うむうむ、話がわかるじゃん」


 自分の判断に絶対的な自信を持っているらしい。

 ここまで潔いと逆に尊敬する。


「ってなわけで、詩音たん、VTuberをやってみ」


 真剣さはわかった。


「でも、僕なんかに……」

「あたし、才能がない人を勧誘なんかしないから」


 厳しめに言われてしまった。

 しゅんとする僕と、なぜかニヤニヤする愛里咲さん。


「あたし、VTuberの厳しさを知ってるつもり。今の時代、VTuberはたくさんいるからね。配信が面白いとかゲームが上手いは当たり前。リスナーさんへのサービスや、セルフプロモーションが巧みじゃないと、なかなか伸びないんだよねぇ」


 プロが語っているせいか、説得力はあった。


「誘う以上はあたしにも責任が発生するわけだし、適当なことはしたくないの」

陽葵ひまりちゃん、詩音ちゃんのために本気なんだね?」


 愛里咲さんが口を挟んだ。


「安心して」


 天海さんの言葉の意味がわからない。


「愛里咲っちのライバルになるつもりはないから☆」


(ライバル……なにを言ってんのかな?)


「そもそも、あたし、愛里咲っち狙ってるから☆」

「私も?」

「うむ。あたし、って言ったし」


 そういえば、そうだった。


「ふたりはカップルで配信すればいいと思うぞ☆」

「「カップル!」」


 僕と愛里咲さんの声が揃った。


「相性バッチリじゃん☆!」


 天海さんのテンションが上がっていく。

 マズい。盛り上がってしまったら、断りにくくなる。


「カップルっていうけど、僕たちは付き合ってないよ」

「正確には、だけどね」


 愛里咲さんが訂正してきた。たぶん、未来のことは誰にもわからない意味で、と言ったのだろう。


「べつに、リアルで恋人じゃなくても、カップルVTuberしてよくない☆?」

「そういうものなの?」


 僕は首をひねる。


「あくまでも、設定は設定。VTuberの世界には200歳以上の人や魔界出身の人が普通にいるんだよ☆」


 天海さんが満面の笑みを浮かべる。


「現実に200歳以上の人や、人外はいないでしょ?☆」

「たしかに」

「だから、設定と現実がちがってても大丈夫だよ☆」


(なら、問題ないか)


「というわけで、恋人を演じきってみよー☆」

「それいいねぇ!」


 愛里咲さんはパンと手を叩く。


「詩音ちゃん、やってみようよぉ」


 愛里咲さんまで乗り気になってしまった。

 押し切られる前になんとかしないと。


「このあいだ、カップル系配信者が別れたのバレて炎上してなかった? 僕たちのウソがバレたらどうすんの?」

「だから、『演じきって』と言ったの☆」

「そうそう。ありさたち、誰がどうみてもカップルだよぉ」


 まったく通じなかった。


「けど、僕、人前で話すのなんて、無理」

「詩音ちゃん、安全地帯から逃げないって言わなかった?」

「うぐっ」


 ランジェリーショップを出てから1時間も経っていない。あのときの決断がブーメランになるとは。


「ソロでの活動じゃないんだよ。カップルVTuberなら私もフォローできるし」


 愛里咲さんは僕の手を握ってきた。

 熱を帯びた手のひらは弾力に満ちていて、少しずつ不安が引いていく。


「恥ずかしいかもだけど、挑戦したら人生が変わるよ」

「人生が変わる?」

「そう」


 愛里咲さんは琥珀色の瞳をまっすぐ僕に向けてくる。


「……それを教えてくれたの………………だったのになぁ」


 最後の方はかすれていて、聞き取れなかった。


「作戦の一環ってことでいいんだよね?」


 愛里咲さんが首を縦に振る。

 狙いはわかる。VTuberで人気が出れば、さすがの僕でも自信が出てくるだろうから。


 前向きな気持ちになったところで、問題点に気づいた。


「けど、天海さんの勧誘ってことは、大きな事務所なんだよね」


 天海さんがやっている星空サンサン。彼女は大手の事務所に所属していたはず。


「それなんだけど、うち、女性アイドルグループってことになってるから、男性はいないの。そもそも、カップルはうちと路線が違うし、運営の説得は無理でしょうね」


 天海さんは頭をかきながら言う。


「だから、個人勢で活動してみたら?」

「個人勢……」

「もちろん、できるかぎりサポートはするけどね☆」


 てっきり、天海さんの事務所にスカートされたのだと思っていた。

 恥ずかしいと同時に、肩の力が抜けた。


「というわけで、詩音ちゃん。個人勢でまったり始めてみようよぉ」

「そうそう。個人勢なら、同接5人未満の人も普通にいるから。友だちとおしゃべり感覚でやってみれば」

「僕、友だちいないから3人でも多い」

「いま、3人で話してるじゃん☆!」


 天海さんに突っ込まれた。


「詩音ちゃん、真面目な話」


 愛里咲さんが話を遮る。


「簡単なことから挑戦してみるのは、行動理論でもおすすめの方法なんだぁ」

「愛里咲さんが言うなら、そうなんだろうね」


 愛里咲さんは僕の手を握ったまま、ニッコリと微笑んだ。


「大丈夫。ありさがついてるから、怖くない。たっくさん、ご奉仕してあげまちゅからねぇ」


 なぜか、僕が赤ちゃん扱いされている。家でのプレイとは真逆だ。


「わかった」


 僕は息とともに決意を吐き出す。


「僕はもう逃げないだから、まずは挑戦してみないと」


 女子ふたりがニッコリと微笑む。


「詩音ちゃん、がんばろうねっ❤」

「………………乳か。爆乳の愛里咲っちに甘えられるから、がんばるってか」

 

 誤解されてしまった。

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