第11話 城下町

 その足音は次第に太鼓のように大きくなっていく。

 やがて、サブとカナルが座る花壇の先から一頭の大きな象が走ってくるのが見えた。そのスピードは車とほぼ一緒と言っても過言ではない。

 二人は立ち上がって待つと、先程の噴き上げによりびちゃびちゃになったサブの服から汚水がしたたり落ちる。

 ――う……臭い。

 

「もしかして、あれがさっきの話し相手?」

「そうさ」

 遠目に見たら普通の大きさだと思っていた。しかし、徐々に近づくとその象が物凄い大きさであることを知る。


 点に見えていた象はあっという間に目の前に現れ、二人の前で急停止した。

 身長約5メートルはあろうかという巨体で、鼻も相応に長い。

 ブルン! と鼻を震わせると粘着性の高い鼻水が飛散し、それが二人の全身を襲う。

「ぬわ、なに急に!」

「静かにしてろ、口の中に入るぞ」と、カナルが静止を促す。

 続けて、象の鼻から大量の水が噴きつけられた。

 汚水で汚れた二人の全身は最初の粘着性の高い鼻水が石鹸の役割を果たし、最後の水で洗浄をしてきれいにしてくれたようだ。


「すまん、助かる」

 カナルは全身を震わせて体についた水滴を振り払う。

「社長、この現場いくつあるんだよ! ここに来るまでマンホール蓋がいくつも吹っ飛んでたぞ!」

 威勢よく喋りだすファントム。威圧感がある。


「やはりか……恐らく幹線が逆流したことで、その勢いで風圧が発生し蓋が吹っ飛んでいると思われる。それに下水も同時に噴き出しているはずだ」

「だろうねぇ。直接地下に埋設してある水道施設から給水していいか? その許可さえ下りれば、さくっと片付けられるのだが」

「ああ、もちろん許可する。水道局には緊急の故障処理だからと事後報告しておけば大丈夫だ」


 故障処理というのは下水道業界の用語で、下水が路上に溢れ出たり、異臭がしたり、時には道路の陥没を仮埋めすることもある。

 ファントムは主に象特有の鼻を使って、多量の水を含み高圧洗浄を得意とする。下水の詰まった箇所に強烈な噴射を行い、詰まりを解消するのだ。


「そうこなくっちゃ! そういや、そこの坊主人間か?」

 ファントムと呼ばれる象が話しかけてくる。

「はい、サブです」

 サブは象の勢いに負け、控えめに答える。

 ――まぁ15年も犬をやってきたから、人間と言われてもまだ慣れないな。

「新入社員だ」

 すかさずカナルが付け足す。


「ほう! 我が社に新人が入ったか!」

「いや、俺はたまたま会っただけで……」

 否定も虚しく、カナルは左手に既に契約書を持っている。

「さっき無償で働くと言っただろう?」とサインを求める。


 カナルがペンを渡し、サブは渋々サインをしようとするが字を書いたことがない。

 書けないぞと思っていると、手が勝手に動く。

 ――嘘! 字も書けるんか! やっぱり、人間としての知識が予め備わっているような感じがする。


 サインが終わるとファントムはその巨体を一歩前に進める。

 でかすぎて威圧感がある。

「じゃあ、新入社員のサブ。俺の仕事を見て学べよ!」

 そう言うと、突如象の上から人型の象が飛び降りた。


 細マッチョな体格で肌は色黒、いかにも土木作業員の服を着ていて、身長は2メートル近くある。サブと比較すると20センチぐらい高い。

「うわ!」

 突如目の前に別の象が現れたので、サブは驚き腰を抜かした。

「俺がファントムだ! よろしくな!」

「え!? どういうこと!? この獣型の象がファントムさんじゃないの?」


「ファントムでいいよ! 固い奴は嫌いだ!」

「お、オーケー。そうか、獣型は喋れないもんね」

「そういうことさ! 社長、ちゃんと教えないとダメよ!」

 フランクなキャラクターのファントムは、社長に対する言葉遣いもタメ口だ。


 それからファントムは自己紹介をした。

 獣型の巨大な象はハッティことハッちゃんというらしい。

 ファントムとハッちゃんはペアで下水道の困りごとを解決するスペシャリストで、ハッちゃんは先程のように鼻に水を大量に含み、詰まった下水に高圧噴射をする。


 相方のファントムはハッちゃんの噴射が届かないところに入り、原因を探ったり、機材を使って下水道管の耐久性を測定したり、新しい家が建てば配管をしたり……もはや下水の何でも屋である。


 本来は獣型として象は存在するはずなのだが、ファントムは赤ちゃんの頃、突然変異で人型へ変化したという。原因はわかっていないが、エレファントと幻影という2つの意味を掛け合わせファントムと名付けられたらしい。


「ちなみにそこの社長も固有の人型だけど、突然変異ではないんだぜ?」

 カナルはファントムの口を押え、それ以上言わせなかった。

「おっと、すまんすまん」

「おっとじゃない! 次言ったらその鼻に糞入りの下水でもくれてやる! 手当もなしにするぞ!」

 タメ口だったファントムも、罰が悪い顔をして静かになった。


「さて、自己紹介はこれにて終了、現場を頼むぞ」

「了解。上流からきれいにしてくるから、手当だけは忘れんなよ!」

 ファントムはハッちゃんに飛び乗ると、猛スピードで街の北へ向かっていった。後ろ姿も迫力がある。


 怒涛の時間であった。

 日が暮れかけている。

 カナルは現場は彼らに任せて今晩は宿に泊まろうと、城下町にある『宿借ヤドカリ』に泊まることにした。


 北西へ進もうとしたところで、とてつもなく大きなものを見た。

 今まで下水道から出たときは目がかすんでいたし、それを背にしていたため気付かなかったが、先程の象の比にならない。

 これは、そう巨大な木だ。それが城下町を覆い守っているかのようだ。

 巨大な木の下には白い西洋風の大きな城が見える。城だって相当でかいのだが、木があまりにも大きいこと、城は小さく見えた。


 サブは見とれてしまっている。

 カナルはサブの左肩に飛び乗ると、一言。

「あれが結びの木だ」

 ――でかい。でかすぎる。だって、城の高さよりもどれだけ高いのか、雲まで届きそうだし、城下町は半径数百メートルはあるのではないか? どこにでもあるような大樹だと思っていた。スケールが違いすぎる!


 これが魔力の根源だと考えれば、この国を賄うだけの力があると推測できる。

 城下町を覆う程であるから、枝葉が傘になれば雨による被害も少ないだろうし、日照りは程よく差し込んで気候も暑くない。

 枝には相当な荷重がかかっているにもかかわらず、垂れ下がることがないのは木の魔力によるものだろうか。


「想像していた木じゃなくて、マジで驚いてる」

 カナルは頷くと、真っすぐ指を指した。このまま木に向かって進むようだ。

 道中、サブはこの大木の幹から垣間見れる夕日が眩しくも温もりを感じるような気がした。まるで母親のような優しさを含み……。

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