【6-6】

 シユウ達の役場から遠く離れた、外輪山に近い丘の上。そこには大きな石碑が建てられていた。


「【龍の御霊ここに眠る】かぁ……」


 石碑に彫られた文字を口にして、くすりと笑えば、その少女はその石碑の文字を撫でる。

 肩まで切り揃えられた黒髪と共に、白いロングスカートが風に揺れる。あまりにも風が強いので、被っていた帽子が吹き飛ばされそうになると、後ろから伸ばされた手によって押さえられた。


「あっ、ありがとう。お兄ちゃん」

「どういたしまして。……それにしても、ここは風が強いな」

「うん。そうだね」


 お兄ちゃんと呼ばれた男性は、青い瞳を細めると妹の頭から手を離す。振り向けば、緑の草原が広がっていた。

 マンナカダケ周辺は流れ出した溶岩によってまだ黒いものの、それでも五年前の噴火直後よりも草木は多くなっている。

 その光景を静かに眺めていると、近くの茂みから音が聞こえてくる。二人はその茂みを見ると、中から大きな白い狼が現れた。

 狼に驚く二人だったが、その狼が喋り出した事で更に驚くと、狼はやれやれといった様子で二人を見つめた。


「そんなに驚く事でもないだろうに。それとも何だ。人以外の姿で喋る者は龍族以外居ないとでも思ったか?」

「あ、ああ……」

「素直だな」


 兄の返事に狼は苦笑する。そして、二人の前に座ると優しげに目を細める。


「転生は成功したみたいだな。どうだ。久々の人の身体は」

「……」


 転生という言葉に二人は反応し、互いに顔を見合わせる。二人の右手の甲には、最初に現れた鱗の形の傷跡が残されていた。

 最後に覚えているのは、龍になった後それぞれ命を落とした所。それからまるで夢から覚めたかのように、気付けばここに立っていた。

 まだぼんやりとしている部分もあるが、二人は徐々に状況を理解すると改めて狼を見た。


「私達、転生したんですか」

「ああ」

「俺達だけ?」

「いいや。他の龍族達もだ。もうすぐしたらお前達の両親達にも出会えるだろう」

 

 それを聞いて二人はぱあっと笑う。だが、同時に疑問も出てくる。何故、龍族が揃って転生しているのだろう。と。

 ふと兄はマンナカダケを見つめると、狼が「気になるか」と訊ねてきた。


「何故自分達が転生してここに立ってるかって」

「もしかして、マンナカ様ですか」

「ああ」


 問いに対し特に躊躇いもなく狼に返され、兄は困ったように笑う。そんな表情に狼もまた苦笑すると、ある話を始めた。


「赤い龍も昔は沢山いたが、二百年前位からマンナカだけになった。赤い龍族はあの火山を守る種族でもあったから、最後の守り主としてマンナカは神になって守っていた。だがその一方で寂しさというのもあったかもしれんな」

「寂しさ……」


 妹が口にすると、狼は空を見上げる。


「同じ場所であっても、時代によって景色は変わっていく。同時にそこに住む者らも生死や移動によって変わっていく。龍族は確かに人間によって数を減らしていった一面もあるが、それ以外の理由もあったかもしれんな」

「……」

「……それは、確かにあるかもしれませんね」


 兄は複雑な表情を浮かべるも、狼に対して頷いた。

 妹もその他の理由が分かったようで、それに関して狼に訊ねた。


「龍になってしまえば、空に登るか、死に至らなければならない。……けど、どうして、龍族は龍化したら生きていけないんでしょうか」

「そうだな……それは恐らく、この大地に入りきれないからだ」

「入り、きれない?」

「元々龍族っていうのは、マンナカ様達地龍の派生した種族だ。だからこの地以外で生きる事も出来ない。だがかといって場所には限りはある。だから、龍族は龍化したら死に至るようになったと聞いている」

「……」


 二人は黙り込む。白龍になったソメイが遺した川から風が吹き込み、大地を撫でる中、狼は二人を見つめると閉じていた口を開いた。


「だからいつかは滅ぶ運命だったんだ。龍族は。外の世界が人ばかりになって、半獣人や獣人も数を減らす中、ただえさえ生きにくい龍族がこの先生きていける保証はなかった」

「……けど」

「ああ。分かるとも。お前達の種族はそれぞれ長い歴史がある。仲間もいた。滅ぶ運命だったとしても生きたい、先に遺したいと思うのは当たり前だ」


 けれども、それができない事は皆どこかで勘づいていた。それは狼の目の前にいる兄も妹も分かっていた。だからこそ最後に半獣人達に託そうとしたのかもしれない。

 兄は息を吐くと、小さく笑って再び景色を見る。


「龍族としては生きられませんでしたが、また生を受けた以上、俺達には別の使命があるという事。……マンナカ様には感謝しなくてはいけませんね」

「だね。それにまた、会えるんだ。皆と」

「……ああ」


 表情が明るくなった二人に、狼は目を丸くするとフッと笑い背中を向ける。

 その場から離れようとする狼に気付き、妹が呼び止める。すると、狼は妹に対して言った。


「我の孫が、お前を待っている。会ってやってくれ」

「孫……? あっ」


 その孫が一体誰なのか聞く前に、狼は茂みの中へと入ってしまった。

 二人は呆然として狼の去って行った方向を見つめると、兄がふと「もしかして」と呟く。


「あの狼、シユウの祖父か?」

「えっ。シユウの!?」

「多分な。お前を待っている狼といったら、シユウだけだろう?」

「あ……」


 兄に言われ妹は納得する。そして、ふと最期にやり取りした事を思い出し、眉を下げながら笑った。


「待っていたとしたら、シユウには酷な事させちゃったな……」

「酷な事、か」


 妹の肩に手を置き優しく叩く。そして、「そうかもしれないな」と兄は言った。


「シユウはお前を好いていたから尚更」

「うん。……あのね、お兄ちゃん」

「ん」


 妹は顔を上げると、兄は首を傾げる。どうしたと訊ねれば、妹は少し目を逸らし照れたように呟いた。


「前まで気付かなかったけれど、シユウって、本当に私が好きだったんだね」

「……ああ」

「お兄ちゃん、もしかして知ってた?」

「ああ。とっくの前から気づいてた。けど、お前は全く気付かなかったし、言ったとしても平然としていただろう? だからシユウが可哀想だった」

「あぁ……」


 今更になって気付く鈍感さに、妹本人も呆れていると、兄は肩を抱き寄せる。そして小さな声で呟いた。


「兄としては複雑ではあるが、あいつならば、まあ大丈夫だろうって思っている。……ただし、何かあったらすぐに俺に言えよ。すぐに斬りに行ってやる」

「お、お兄ちゃん……」


 今も健在な兄の過保護っぷりに、妹は思わず苦笑した。

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