EP11 独奏の始まり

 午後6時を過ぎ俺と椿さんはいつもの桜並木を遊び疲れた重い脚で歩いていた。

「本当に今日は楽しかったね。疲れたけどさ、めちゃくちゃ楽しかったね。わたし好みの服もたくさん買えたし、最後にとったプリクラなんてさわたし憧れてたから嬉しい。絶対大事にする」

 そう言った椿さんは目が大きくなったり、頬が赤くなっているプリクラ写真を手帳の中に挟めた。正直俺もプリクラは初めてだったから出てきた写真には驚いた。

「走馬、いつものとこ行こう!」

「え!なんで」何かを見つけた椿さんは急に全速力で走り出して、並木の間を潜り丘を登った。俺も急かされたため重たくなっている体の鞭をうって椿さんのもとへ走った。

 ふと止まった椿さんに俺は追いつく俺は、息を切らしてしゃがみ込んだ。

「なんで、急に…走り出すんですか」

「終わりが1番輝くのってずるいよね」

「え?」

「上見てみなよ」

 言われた通りに上を向いてみると、風に吹かれて花びらを飛ばす桜の木と、それを指差す椿さんが映った。

「綺麗だよね。彼女、ソロをやりきったんだよ。オオシマザクラ…お疲れ様」

 桜の木の幹に手を触れて語りかける椿さんは俺の眼に感慨深く焼き付けられた。そうしたらふと、さっきの言葉を思い出した。

「椿さん、さっきのズルいってどういうことですか?」

「あ〜あれね。わかんないかな?言葉のとおり、最期にこんなに美しいのがズルいなって話」

 椿さんは遠くを眺めるような眼で言う。

「ほんとに綺麗で美しいけど、ズルいとは思わないですね。だって、美しい死に方ってのがないわけじゃないと思うし」

「走馬は夢をみてるね。そんなのフィクションの世界だよ。美しい死体ってのもあるけど、それはもう死んでるんだからさ」

 イマイチわからない。椿さんの考えはなんていうか、見ているものが俺とは似て非なるものだった。

「ま、わたしも言ってて難しいからさ。とにかくわたしは美しく死にたいってのはできないけど、死んでから美しくなりたいな。だから、花に囲まれていたいよ」

 なんだろうこの表情は。辛そうでも、楽しそうでもない表情。なんだか寂しそう?

「だって、ソロだもん。ソロの最後は拍手喝采ものなんだよ。あの拍手もセットでソロなんだよきっと。華々しく去っていく。それがソロだよ。退院したあの日からわたしはずっとソロなんだ。走馬はわたしのソロを際立たせる伴奏だよね」

 俺をその表情でじっと見つめる。俺はそのわからない表情に吸い込まれるように答えた。

「うん。俺は椿さんの伴奏者だから」

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