第2章 或摩の休日

2−0 ここまでの(まじめな)あらすじ

 全日本の観光地・観光協会が当たり前のように諜報組織を持ち、グレーな活動が公然の秘密となっている架空世界。その一部では、観光科を中心とする中高生がスパイ活動の要となり、大人たちに交じって本職顔負けの情報戦を日々繰り広げていた。


 峰間みねま翔雄とびおは、六甲山麓の東端にある観光専門の中高一貫校、滝多緒たきだお学園の高等部一年生。平素は一人きりの地学部で石を愛でるだけのオタク少年である。だが、祖父・峰間大伍だいごが学園の創立者兼学園長であることが災いして、翔雄は中一の最初から同学園のスパイ組織・諜報戦略評議会に取り込まれ、高一の今では議長に祭り上げられて、わが身の不遇を呪いながら激務に追われる毎日を送っている。


 翔雄の周囲には、同期として書記の湯塩ゆしお真知や情報統括担当の須楼すろうれんが、一つ下には中等部ヘッドの衛倉えくら杏がいて、それぞれやり手幹部として翔雄を支えており、先輩たちもそれなりに力になってはくれる。が、基本的に滝多緒の評議会チームは刹那的享楽第一主義で、組織としては優秀でも、議長としては人知れず孤独感を深めてしまう翔雄であった。



 十月半ば、評議会チームは奈良のとある温泉旅館に出張、現地を勢力圏とすべく進出してきた千津川ちづがわ観光学園対外情報室と対峙し、翔雄は作戦部長の昆野セシルを相手に火花を散らす。その旅館では、オーナーの鹿戸康平が盗撮絡みの闇商売で利益を伸ばしており、事情を把握した滝多緒と千津川は、本人を身柄確保して脅迫し、旅館の経営権を得ようとしていたのだ。

 実はセシルは鹿戸の生き別れた娘で、作戦ではその事実を隠して鹿戸の秘密の犯罪を暴き、彼を法的に追い出して旅館の利権を得ようとするが、滝多緒はそのプロセスに待ったをかけ、話し合いでの解決を図る。難航する協議の中、千津川の強硬派が暴力的に介入してきたり、翔雄を誤解した千津川の対外情報室長・水枯みなかれ砂鳥さとりが臨戦態勢をとったり、くりかえし危機が降りかかるも、最後はセシルを娘と知った鹿戸が譲歩、本人は滝多緒で人生をやり直すことになり、旅館の権益は滝多緒と千津川で平和的に分け合う形で決着がつく。

 事件の中で少なからず自身の人生を見つめ直す経験をしたセシルは、手打ちになった後もしばらく不安定なメンタルでいたのを、湯塩真知に支えられて立ち直る。一度は翔雄に心を寄せたセシルだったが、真知のフレンドリーな包容感に同性ならではの魅力を感じて戸惑う。が、実は真知は、過去の作戦の中で幾多の男性を骨抜きにしてきたハニートラップ専門要員であり、そもそもが男の娘エージェントだった。帰路、真知と別れてそのことを知らされたセシルは卒倒し、昏睡状態になった。

 一方、一見ただの利権争いに見えたそのいさかいだったが、実は裏に全日本の温泉業界に関わる大問題の関連調査という側面があった(「大問題」の中身は第一章終了時点でも語られないまま)。その日の夕刻、帰路につく前にひそかに水枯砂鳥と会談した峰間大伍は、「これはどうすれば誰が得をするという種類の話ではない」と釘を刺しつつ、しかるべき日に備えての同盟関係を持ちかける。かくて滝多緒と千津川は内々で手を取り合うことになるが、その背景となる業界事情等は、学生たちには一切伏せられたままであった。


 奈良の作戦は一応の成功を見た。これでしばらく休養できると安心した翔雄の前で、しかし大伍は引き続き或摩あるま温泉への間接干渉作戦(要するに商売への嫌がらせ)の発動を宣言。学生組織としてのあまりの余裕のなさと人使いの粗さに翔雄は愕然とする(ここまで第0章)。


 作戦準備のために或摩に潜入した滝多緒評議会チームだったが、方針を巡って翔雄が祖父と決裂したため、指揮系統が若干イレギュラーな状態になっていた。総指揮は学園長たる大伍が取り、その下に議長の翔雄、副議長の堀緒つとむ(ここで初登場。奈良の作戦は修学旅行と重なったため未参加だった)、さらに真知、蓮、杏が別個に小さな作戦をまとめるという組織構成である。翔雄は全体の進行状況が全くつかめず、意地と責任感のぶつかりでストレスをこじらせ、早々に趣味の鉱物採集へと逃避してしまう。

 待ち合わせ場所で勉や真知と合流した翔雄は、中等部の部下から妙な報告を受ける(ちなみにその部下は評議会の中でも特異なキャラで、存在はするが誰からも名前を覚えてもらえず、そこにいることさえしばしば見落とされるという女生徒である。翔雄たちも、このシーンの後はほぼ忘れてしまう)。或摩聖泉学院の大浴場で大カエルを放って温泉客をパニックに陥れる、というのがその部下の受け持った作戦だったのだが、そのさなかにカエルの体が淡く発光したというのだ。低レベルな作戦内容もさることながら、現実離れした報告で翔雄は戸惑うばかりだった。だがその時、突然異相の男が現れ、「それは異格体反応である」と断言した。男の名は甲山かぶとやま剛磁ごうじ。学園長がかねてから要注意人物と触れ回っていた人物であり、翔雄たちもその容姿と名前だけは知っていた。カエルの発光現象について、さらに問いを重ねようとした時、或摩地域に小規模の地震が起こり、その混乱のさなかに甲山は消え去った。

 評議会メンバーと宿に落ち着いてから全体会議を開き、カエルの件を取り上げると、音声回線で参加していた大伍が発光現象に異様に関心を示し、あげく「そのカエルを取り戻してこい」と言い出した。うんざりしつつも翔雄はその件では陣頭指揮を取り、問題のカエルが聖泉学院の科学部の保護下にあるようだという情報をつかむと、真知と共に内部生になりすまし、潜入、奪回をもくろむ流れとなる。


 さて、或摩聖泉学院にも諜報機関があった。執行委員会と名乗るそれは学院の生徒会を兼ねており、加えて或摩は目下「或摩オータム」なる地域の大イベントが進行中で、その企画・運営も少なからず執行委員会が請け負っていた。

 学院に泊まり込みで準備していた中軸スタッフは、滝多緒が或摩入りした日の夕刻、学院の大浴場で休養中だった。総務である高等部一年の香好かずき優理枝ゆりえと、副総務の同二年生卯場うばさくら、役員で同じく二年の梁須田はりすだローズ&マリー(双子)たちである。他の生徒や外来客に交じって四人が平和に湯船に浸かっていると、先述した滝多緒の謀略で浴場の一角から大ガエルが現れるという異常事が起き、パニックになる。が、総務の優理枝は狂喜してカエルの捕獲に夢中になる。彼女は病的な生物学オタクだったのだ。

 そのまま科学部に引きこもってカエルの研究に没頭してしまう優理枝。やっとのことでさくらが諫めて正気に返らせると、ローズ&マリーが高等部三年の企画統括役・柳堂りゅうどう大歩だいほとともに現れ、さくらへ緊急の幹部会招集を要請する。その時点で聖泉はすでに滝多緒の不穏な動向を察知し、警戒を強めていたのだ。幹部たちは科学部室に優理枝一人を残して、状況確認のために執務室へ向かう。


 さて、翔雄と真知は、何とか学院に潜入したものの、広すぎる構内で迷子になっていた。二人で撤収を議論していると、思いがけず、単独で担当部署を回っていた柳堂大歩と鉢合わせする。翔雄はうまく隠れるが、真知はもろに対面する形となり、あわや正体がばれそうになる。が、大歩は聖泉にその男ありといわれたジゴロであり、片や真知は滝多緒随一のハニートラッパーである。いつの間にかその場は口説き合い勝負の場となり、翔雄は一抹の不安を覚えつつも、その場は真知に任せて逃れ去ることに成功する。

 偶然と幸運で科学部室を探し当てることに成功した翔雄は、ようやく当初の狙い通り、大カエルの奪回任務を続けようとする。が、部室で優理枝と対面して、まずその容貌に惹かれ、さらに対話を挟むうちに、優理枝が自分と同じようなオタク心の持ち主であることを看破する。両人は共にその出会いを運命的なものと感じ、お互いの名前と素性も確認しないままで会話に夢中になる。

 二人は大カエルの発光現象に或摩のローカル鉱物であるアリマイトとの関連を見出すが、そこで時間切れとなり、警戒態勢に入った学院から翔雄は速やかに脱出しなければならなくなる。翔雄が優理枝に大カエルの譲渡を切り出せないでぐずぐずしていると、突然部室に甲山博士が現れた。

 彼は二人の間を取り持つ形で部室にいた半数のカエルを借り受けると、翔雄を助手のような体裁で連れ出して、結果的に翔雄は無事学院を脱する。自動車で宿の近くまで翔雄を送った甲山は、「明日の朝、君は世界に絶望する」という意味深な言葉を残し、状況へのヒントらしいヒントも与えないまま去っていく。


 直後の聖泉学院執行委員会では、勝負で真知に敗れた大歩の失態が問題視されるが、情報参謀である高等部二年・呉後くれご璃亜りあは、相手を滝多緒の男の娘エージェントだと見抜き、いい女とやりあった気分になっていた大歩は多大なショックを受ける。さらにその後、科学部に現れた訪問者もどうやら滝多緒のリーダーらしいと知れ、さくら達はいよいよ警戒を高めるが(優理枝はその手の討議には蚊帳の外状態)、イベント前日でそれ以上は動きが取れず、評議会の真意をはかりかねつつも積極的な対抗策は打ち出さないままだった。一人、大歩だけが、甘い敗北を転じて大いなる屈辱を晴らすべく、私的に真知へのリベンジを企んでいた。


 無事に宿へ戻った翔雄だが、その直後、先に戻っていた真知からいきなり熱烈な抱擁を受けるというハプニングに遭遇する。男の娘とはいえ、今まで気安く接してきた同性の幼馴染という感覚だっただけに、翔雄は訳が分からない。たまたま宿にいた大伍、集まってきた他の評議会メンバーたちも手出ししかねていると、今度は任務から戻ってきた衛倉杏まで、二人の痴態を目の当たりにして激高し、真知と競い合う形で翔雄の体に絡み始めた。

 実は杏は滝多緒とは別の組織から来たダブルスパイで、評議会の深部の秘匿情報を奪取するという任務を帯びていた。さらに今回はたまたま大伍じきじきから、翔雄本人の動向を監視するという密命を帯びており、或摩の作戦ではいつになく孤立した行動を取っていた。一方で彼女は翔雄に少なからず惹かれている自覚があり、真知にあてられた形で本音が出てしまったのだ。

 他のメンバーたちから放置されてもみくちゃになっていた翔雄だったが、しばらく後で宿に現れた先代議長・蛎崎かきさき迅悟じんごが仲裁に入って、ようやく騒ぎは収まる。三年生の迅悟は杏の内心にも理解を示す一方で、真知の行動はジゴロとやりあった余波のようなもの、という見解を示し、暗に真知がハニートラッパーとしての任務に疑いを感じ始めているのではないかと指摘し、真知は激しく動揺する。

 が、翔雄はと言えば、先輩が話を整理している内容にまったくついていけず、恋愛的な話題に関しては全く理解力が育っていないことをただ暴露するばかりであった。事後、一人になってから翔雄は優理枝とのメールに没頭し、義務も責任も限られている現状から逃避するように、初めての恋愛経験に心を奪われようとしていた。



 日が変わった頃、JR滝多緒に降り立ったエージェントがいた。千津川観光学園対外情報室作戦部長、昆野セシルである。迎えに来た部下(滝多緒に女装諜報術を学びに留学中)から、評議会員はみな或摩に出払っていることを聞き、自分が無視された形になっていることに勝手に立腹し、翌朝直ちに或摩入りすることを決心する。



 いつになくチーム内がばらばらになっている滝多緒評議会チームは、任務を達成できるのか。

 聖泉学院執行委員会はイベントを守り切れるのか。

 今回あえて総指揮の労を取り、孫に監視をつけている峰間大伍学園長の真意は。

 依然得体の知れない甲山博士の狙いは。「明日の朝、君は世界に絶望する」というセリフの真相は。

 ややナーバス気味の真知と、彼(女)をつけ狙う大歩との勝負の顛末は。

 孤高のダブルスパイ、衛倉杏の任務と恋の行く末は。

 何よりも、翔雄と優理枝の関係はどう進展するのか(とりあえず、いつになったらお互いの素性に気が付くのか)。

 そして、その二人に昆野セシルは食い込めるのか(というか何しに来た、てめえ)。

「或摩オータム」初日の幕が、今静かに上がろうとしていた――。



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