バグチェッカーズ編3話 虫が鳴かなくなった日
カゲロウ――五歳。
お父さんが優しく話しかける。
「カゲロウ、今度『道路に落ちてる軍手展』があるんだけど、一緒に行かないか?」
「なんの展示!? 行かねーよ!」
「そうか……。じゃあ『ねこ展』にするか」
「そっちを先に言うだろ普通! どう考えてもそっちの方が行きたいよ!」
お母さんは穏やかに答える。
「いいわね『ねこ展』。ネコに囲まれたいわ~」
「母さん、展示だからね。動物のネコはいないと思うよ」
両親は少し変わっているが、お父さんはどんなに仕事が忙しくても一生懸命関わろうとしてるし、お母さんからもたくさんの愛情を受けている。
「それじゃあ、仕事に出かけてくるから、留守番頼むぞ」
両親はそう言って家を出た。うちは共働きだ。お父さんはお母さんを会社に送ってからそのまま出勤している。
「カゲちゃんはちゃんとお留守番できて、えらいねぇ」
「大丈夫だよ。おばあちゃんがいるから」
留守番の間はおばあちゃんが遊び相手になってくれる。
「カゲロウ! 虫捕りにいくぞ!」
「暑いから嫌~」
それからおじいちゃんも……。
「外に出て体動かさんとな! 体がサビつくぞ!」
そう言っておじいちゃんに無理やり腕を引っ張られた。外ではセミの大合唱がより大きく聞こえた。こんなのはもう慣れっこだ。
「おじいちゃん捕れたー」
虫取り網の中で暴れるセミをつみ、おじいちゃんに見せた。指に挟まれたセミは激しく鳴いている。こんな小さな体からどうやって音を出しているんだろうか。
「ほう。これはヒグラシじゃな。ヒグラシが鳴くと、そろそろ夏も終わりだと感じるわい」
「へー」
「……興味なさそうじゃの。気が済んだら逃がすんじゃぞ。かわいそうじゃわい」
手をパッと放すと、ヒグラシは空の彼方へ飛んで行った。
「虫ってすごいね」
おじいちゃんはこちらを不思議そうに見つめた。
「どうしたんじゃ急に。哲学でも始めたか?」
「だって、あんなに小さいのに大きな力を持ってるんだもん」
セミは小さい体で大きな音を出す。ハチは小さいのに群れで人間に立ち向かう。足元をよく見ると、草の先端でカマキリが腕を広げていた。
おじいちゃんは静かに語った。
「一寸の虫にも五分の魂という言葉があってな、どんな小さな虫にも魂はあるってことじゃ」
「魂……」
「ま、虫だけにムシできんってことじゃな! ガハハ!」
「置いて帰るぞ」
家に帰る頃には、空は真っ赤に染まっていた。そろそろ両親も帰宅する頃だろう。
「ただいま」
居間にはおばあちゃんがたたずんでいた。おばあちゃんはTVを見つめ、座ったままぴくりとも動かなかった。まるで地蔵のようだった。
おばあちゃんの視線の先を見ると、アナウンサーが神妙な顔つきで話をしていた。
「現在、全国的にバグが同時多発しているとのことです。空間の
おばあちゃんは今にも泣きそうな顔でこちらを見た。
「カゲちゃん……」
俺とおじいちゃんは呆然と立ち尽くしていた。報道ヘリにより、空から多くの車が煙を上げている光景が映し出されていた。そこは両親が通勤に使う道路だったのだ!
電話がけたたましく鳴った。電話にはおじいちゃんが出た。悪い予感しかしなかった。
「はい。こちら鬼山です」
それからのことはよく覚えていない。気付いたら病院にいた。
お医者さんから「見ない方がいい」と念を押されたので、廊下で待たされた。
病室から出てきたおじいちゃんから、搬送されたのはお父さん、お母さん本人だということを聞いた。両親もあの同時多発バグの犠牲になったのだ!
普段、あんなにふざけているおじいちゃんの泣き崩れた顔を見るのは初めてだった。
葬式の後、おばあちゃんに呼び出された。物置きからランドセルを取ってきてくれた。
「カゲちゃん。これは、お父さん、お母さんが選んでくれたランドセルだよ。カゲちゃんが小学生になるのを楽しみにしてたんだよ。大切に使ってやって」
俺は静かに泣き崩れた。葬式でも泣いたのに、体の中から水分が無くなるんじゃないかと思うくらい泣いた。
それから六年の年月が経った。後を追うようにおじいちゃんも亡くなり、おばあちゃんと二人だけになった。今でも両親の命を奪ったバグを許せない。
「だから、俺にはバグを駆逐する使命があるんだよ」
ハチは返した。
「立派な考えだと思うけど、完全に無くすのは無理だと思う。自然災害と同じじゃないの?」
「うるせぇ。俺にはそれしかできねぇんだよ。お前もバグを作ってる張本人だろうが」
「……は?」
「オサムってやつが言ってたぜ。お前、いつもバグで人を困らせてるんだってな」
「……それは」
ハチは返す言葉が見つからなかった。今朝もバグの実験中にオサムを困らせていた。バグで人を困らせているのは事実だ。
「あの日の同時多発バグもお前のしわざだったりしてな」
「ち、違う! 僕はそんなこと――」
「蝉丸、こいつの口、二度と聞けないようにしてやれ」
「ああ」
蝉丸は竹刀を構えた。ハチは目をつむった。その時だった。
「コラぁ!」
野太い声が通学路をこだました。その場にいる全員が声のする方を見た。
「てめぇら、どこの小学校だ? うちの小学校じゃ見ない顔だなぁ」
ジャージを着た大柄の男が指をポキポキ鳴らしながら近づいてきた。
「うちのかわいい児童に竹刀を向けるたぁ、覚悟はできてんだろうなぁ!」
「し……シドー先生!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます