第7話


 それから少し日が傾いて、店の時計が六時を指そうかという頃。


 社長はおもむろに立ち上がり、車の鍵を弄びながら息子を呼んだ。

 先に営業車に乗るように言うと、自分も歩き出す。


 店を出る間際に振り返ると、



「今日六時な。本店にはわしから言う」



 とだけ言って出て行ってしまった。


 慌てる園田や社長夫人らをよそに、麻紀は静かに立ち上がると社長が座っていた席からコーヒーカップを回収し、園田や自分のものをお盆に乗せ、社長夫人にカップを下げていいかとお伺いを立てた。

 自分でやるからいいわよ、とうっとうしそうに返されたので、麻紀は店長のカップも回収すると、休憩室に入って洗い物を始めた。


 洗い物を済ませて生ごみを片付けると社長夫人が入ってきて、自らのカップを洗う。

 麻紀が生ごみの入ったごみ袋を持って倉庫から出ると、社長夫人は無言で手を出した。


 生ごみは本店に回収されるようになっており、そこでまとめて次の日の収集日に捨てることになっている。

 渡す前に液漏れしていないか、念のために確かめたごみ袋を社長夫人に手渡すと、麻紀は手を洗って休憩室を出た。


 そこでは店長と園田が慌ただしくレジを締めており、麻紀は一声かけて売り物の仏壇の扉を閉めて回った。


 仏壇の扉は人が居る限り開けっ放しにしておくものだ。

 けれども明日から三日間お盆休みに入るこの店は、誰も居なくなる。

 そうなるときには仏壇の扉は閉めるものである、と店長が言っていた。


 急に閉店時間を早めることになって慌てている店長たちの代わりに、麻紀が仏壇の扉を閉めていると、レジを締め終わった園田が途中で加わった。

 もちろん休み明けに文句を言われないように、締め忘れがないかも二人で見てまわった。


 それらが済んで休憩室に向かう頃には、社長夫人が店を出て行くところだった。



「お疲れ様です」



 麻紀がそう声をかけると、社長夫人は麻紀を睨みつけて出て行った。



「挨拶くらいせーってな」



 もう聞こえないのをいいことに店長が文句を言うが、麻紀は肩を竦めるだけにした。


 麻紀が休憩室に戻ってロッカーを空にする頃、園田と店長が入ってくる。



「お先に失礼します」


「あい、おつかれー」


「お疲れ様でーす」



 タイムカードを切って二人に挨拶をすると、元気な返事が返ってくる。

 麻紀は会釈をすると休憩室を出た。


 店はすでに灯りが消されてしぃんとしている。

 閉じられた仏壇が整然と並んでいる様子は、不気味だった。


 店を出て、麻紀は自分の格好を見る。

 汗と湿気のせいで湿ったシャツ、埃とい草の欠片まみれの黒い上着、同じく埃とい草の欠片にまみれた黒いスカートを身につけ、土埃と泥で黒が黒ではなくなった靴を引きずりながら、くたくたになっていた。


 麻紀は恨めしそうに、白い汚れ一つない空に目をやる。

 少し離れたところで、鳥が鳴く声がした。


 そして大きなため息を吐くと、何事もないような顔をしてだらだらと帰路につく。

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