―――どうしてこんな事になってしまったのだろう。

　深紅に染まる真新しい学ランを着た一人の高校生が、力なく深い溜息をついて、、、薄呆けたベンチに腰をかけていた。

　やや朽ち果てた赤煉瓦の敷き詰められた校舎裏にあるその場所は、春の日差しの恩恵も受けないほどに薄寒い何とも冴えない場所だった。

　人の気配の無さが、尚そう感じさせたのかもしれない。

　ただひっそりとしたその場所は、独りで思い悩むには、案外よい場所だったのかもしれない。

　始業式など、とうに終わっていた。

　殆どの学生達はすでに午後の時間の過ごし方に思考を費やし始めている頃だというのに、彼は、仄かに舞い散る桜の花びらの麗らかさとは対照的に、何度も憂鬱な溜息をつき、一人項垂れ、その場所から動けないでいる。

　あまり明るい雰囲気といえない彼の黒髪は、表情を曇らせるようにして前髪が額にかかり、無造作だ。

　表情は少々顰めっ面をしてる。丸まった背が気力を感じさせなかったが、細身で締まった体型をしており、身長は百八十センチ近くある。

　そんな彼は、現実逃避を決め込もうにも、それに対する取っ掛かりすら掴めず、眉間に皺を寄せながら、少し鬱陶しくなった前髪をかき上げる。

　すると、その右の額には酷い傷跡が刻み込まれていた。

　いかにも古傷といったそれは、普段髪の毛に隠れて微妙に解りはしないが、矢張りそれが気になるのだろう、誰にも見られていないというのに、髪の毛を掻きむしった後、すぐにその傷を隠すように前髪を手串で整える。

　その時である。

　「や、やめて……」

　校舎の角の向こうから、恥じらいの感じられる困惑した女子の声が聞こえた。

　不意に聞こえたその声が、彼は気になり、すっとベンチから腰を上げ、そちらへと歩き始めた。当然何かあるに違いない。あやふやな意識とは裏腹に、彼の足は迷いなく動き、校舎の角を曲がった。

　あまり見かけるようで見かけられない光景だが、どうやら色恋沙汰のようだ。

　怯えながらベンチに座る一人の女子と、其れを囲むように立ち並ぶ、あからさまに雰囲気の悪い、三人の男子学生が其処にいた。

　女子の方は黒髪だが、まるでフランス人形のような色白美女で、華奢で長身、上品で控えめな雰囲気だった。

　服装の方は、白いセーラー服に青いネクタイ。それとお揃いのスカートという服装で、同じ校内の学生でありながら、鋭児とは、まるで服装が異なっていた。

　男子生徒の方は、水色の学ランで、これもまた、赤い学ランの彼とは服装が異なる。形状は同じなのだが、この学校の学生は、統一された制服を着用している訳ではない。学年か、成績か？ある程度のグループ分けで、その服装も異なるようなのである。

　「やめろよ」

　彼はそう言う。そう言うのが当然だと思ったし、彼にはそうすることしか考え着かなかった。

　「はぁん？」

　水色の学ランを着た男の一人が、彼に向かってニヤついた表情のまま、上目使いで睨みを利かせてくる。

　彼より身長が低かったわけではない、下から覗き込むような姿勢が、そうさせたのである。

　その男の頭髪は非常に長く、何故か水色で、前髪で右目がすっかり隠れてしまっているため、左目と口元でしか表情が解らないが、余裕綽々（よゆうしゃくしゃく）な威嚇をしてくる。緊迫感はないが、自信に満ちているのが解る。

　「嫌がってるんだから、やめろっていってんだ」

　赤い学ランの彼の口調には気だるさがあり、少々投げ遣りな言い方がある。行動とは裏腹に関わり合いを億劫がる様子が、よく現れてた。すぐに面倒くさそうに頭をかき始めるし、爪先を擦って警戒感のない歩き方をしている。

　やがて、彼等の距離は少しずつ縮まり、其れと比例するように、緊迫感が強まり始める。