8 「水洗便所」

 このあいだ俺が事務所で一人だけ残業していた時のことなんだけどさ。

 実は俺、こう見えてもけっこうビビリで、そのとき事務所の中の全部の明かりをつけてたんだよね。暗い隅っことか何がいるかわかんなくて怖いじゃん。所長からは「節電しろ!」なんて言われてるけど、だったら俺一人に残業させるなってんだよな。


 そうそう、それでその時びっくりしたことがあってさ。


 みんなが帰ってから三十分くらい後かな。トイレに行ったんだよ。一人でこう小便器に向かって普通に用を足してたんだよな。で、その時はなんもなかったんだけど、トイレ出てデスクに戻ろうとした時、いきなり「ジャー」ってトイレから音がしたんだよ。

「え……?」

 ってなったよね。俺ほんとそういうのダメだからさ。でも調べないわけにはいかないじゃん。わざわざ掃除用具入れからほうき取り出してさ、握りしめて行ったわけ。

「出てこい!」

 って叫びながら電気のスイッチ押したのよ。そしたらどうだったと思う?

 それがさ――。


 誰もいなかったんだよ。

 個室もちゃんと調べたよ。奥から順にさ。でも全部調べても誰もいなくて。俺もう怖くてさ。仕事残ってたけど、もうその日は帰っちゃったよ。


 ――という話を前に同僚に話したんだよ。そしたらそいつが言うには、それは霊でもなんでもないんだって。なんでも自動で勝手に小便器から水が流れる仕様しようになってるんだってさ。臭いや配管工のつまりを予防するためにそうなってるんだと。


 いやいやほんと、そういうのは先に教えておいてくれよって話だよな。

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