「このフォルダ名を決めた」
地車は既にカラオケ店に来ているらしい。飛谷に協力してもらって、3人でカラオケに入店した。静沼の指定した番号の部屋で、黒板に爪立てたような音がして胃が痛む。これは、遠回しに会いたくないという拒絶だろうか。
「いやいや……、弱気はよせ」と私しか聞こえない距離で鼓舞する。
扉を開ける。
そこには、液晶の前に立ち、マイクを天に掲げる地車がいた。
「2人とも来たね」
「地車、もうお前は、歌うな!!!!」
静沼は銃から打ち出された玉のような速度で身体を起こし、マイクを取り上げた。
静沼と地車がテーブルを挟んで前にいる。奥の席に修宇を滞在させ、1番テーブルから近い席に私が来た。
とにかく、事を進めることを先決する。マイクを取り上げられ、気を落とす人へ呼ぶ。
「外に出歩いても平気なの?」
「いちずから何聞いているのか分からないですが、とても平気です!」
彼女は修宇の暴行を受けてすぐに搬送された。病院で治療を受けた結果、頭部に強い衝撃が加わったらしい。長く目を覚まさなかったのは精神的に由来するけど、静沼が献身的に通い、両親と共に世話をした。その甲斐あって、目を覚ます。リハビリを経て退院した。
「二作が引きこもってるうちに退院した。彼女の世話を学校でしたり、兄貴が簡単にカソに引っかかるから連絡が取れなかった。それは2人ともごめん」
「い、いや。私は大丈夫」
修宇も頷く。ただ、1度もふたりの顔を見ていない。静沼に至っては、視界にすら入れてないようだ。
「それで、私は静沼から聞かされました。修宇さんが私を殴ったあとに、カソに加入したこと」
覚醒した地車はYouTubeでカソの動画を追っかけた。中の修宇は望まれるような懐っこいキャラを演じ、カソのベールに包まれている。
「そのことを聞きにきました。私なら言えますよね?」
彼女の寂しげな右手の人差し指を絡ませる。亀が歩くような鈍さで上から包み込んだ。その心にいる勇敢さを掘り出すように。
「うん。全部話すね」
修宇は事件直後に救急車を呼んだ。ただ、地車の容態を見守る勇気がなく、家に飛び帰った。そこは路林と母親。修宇あいの異変に察知し、話を傾聴した。普段より心許す状態だから、路林に懐柔される。
まずはカソの集会場所に同行した。学校には行かなくてよいと母親が連絡する。路林の手料理を食べては個室で眠る日々を繰り返した。きっと、貴方の友人は修宇の意見を聞かずに責めてくるだろうと携帯は母親に預けられた。
「路林の優しさの裏に気がついた。でも、自分のした事に臆してされるがままだった」
路林が検診的に連れ回し、同年代と話をするうちに心が落ち着く。
「私は元々映像作品に携わりたかったらしい。母親が昔の私を引用してきた。ただ、それに従った」
同年代や路林は決して貶さない。修宇の母親もカソに加入したことを褒める。活動は修宇の気晴らしになった。
「路林は自白を許さなかった」
暴行を受けた彼女は重体で集中治療室にいる。おそらく、自白すれば修宇家は全てを失う。今は優しい母親も、厳格な父でさえ破門にしてくるだろう。そう、路林は語りかけてきた。
彼女の情報取得は路林が一任している。だから、地車の容態は確認取れなかった。言われたことを全て信じてしまう。
そう信じてしまうのも罪の意識。また、カソの居心地の良さがあった。
二作も、静沼も、地車も許してない。そう言われ震えてしまった。
「元に戻れると期待していたんだと思う。人を殴ったのに」
「うん」
否定も肯定も違う。ただ、相槌を打つ。すべて吐き出し、信頼するには、彼女が自身について語るしかない。
「今でも怖い。でも、地車の頬のガーゼで理解した。私が、私がやった事」
修宇は頭を下げる。
「修宇さん謝るのは待ってください」
しかし、修宇は姿勢を崩さない。
「発端は挑発した私が悪いです」
「地車は謝るな」
静沼は二人の間に介入する。
「殴った時点で対話を中断させた。修宇が冷静に対処したらよかった」
「それは、彼女の好きな二作さんを侮辱しても?」
「そうだ。手を上げたら、今後『暴力』という手段が話しているうちに入ってくる。そうなっては関係性に上下ができて、対話はできない」
彼女は暴力を交渉の手段に取り入れている。修宇に接近するため土産を用意したのもそうだ。自信を棚に上げて正論を語るなんて誰でも出来る。
私は反論した。
「静沼。私が侮辱されたから手をあげたんだよね。私があいをカソから連れ出したのは、好きなあいが侮辱されたから強硬手段に出てる」
冷静になれないと言った彼女。その仲裁を勝手に役割を担った。そのことに気がついたように瞳孔を開く。
「私が悪かった。二作と私は現場にいなかった。声を上げたのは無かったことにしないため。それ以上は望んでいない。私は修宇のしたことは許せない個人的な感情とは別問題。切り離すのは難しい」
「それで、私は修宇のしたことを受け止められてないんです。きっと、挑発した罪悪感もあるんだろうと推測します。だから、まだ許す許さないの段階まで心が追いついていないのです」
「うん」
「私が心が追いつくまで話し合いませんか? 何年かかってもいいです。その時感じたことを今度は真正面から受け止めて欲しいです。カソには逃げないでください。そして、私はおそらく許せないと思います」
「うん。私は許されることを望んでいなかった。とても身勝手なのに、会ってくれてありがとう」
「だっていちずの友達ですから。私は私をやっていきます。それを他人にとやかく言われたくないです」
△
カラオケ店から私たちは車に乗った。地車と静沼は2人で帰るらしく乗車を拒否する。運転する飛谷は駐車場のチケットを出口で支払う。
「あいは私の家に来る?」
窓を眺める横顔は影ができている。ガラスと扉の出っ張りに肘を置いていた。
「行こうかな。次いつ来れるか分からないし」
「またカソに行くの?」
せっかく会えたのに終わってしまう。私は名残惜しさを捨てきれなかった。肩の服を掴んで、目を合わせようとする。そうしたら、気変わりしてくれるかもしれない。
「カソに所属していたのは、罪悪感があったから。でも、私はさっきの会話で救われたよ。身勝手だけど、もうかりんやいちずや地車がいる。逆に何かあったら手助けする。そうやって連携したいんだ」
前にあった時と違った。怯えている表情は失せている。決して許された訳ではなく、まだ地車が算定中だ。それでも、根腐れする前に言葉にした。彼女の中にある不純な思いが浄化されたようだ。
「心配だ」
どうして彼女が前向きなことに喜べないのだろう。その瞳には私や友達のいる未来を明確に捉えて、時間すら超えて、それを待っているようだった。その姿勢に後ろめたさがあるのは、私が親や色んなことに向き合ってないからだ。
「……飛谷さん。少し止めてもらっていいですか?」
「それなら近くの公園によるよ」
あいは私のささくれた心をなだめてくれる。少しでも平穏になれるように、音楽をかけた。スマホから透明と犬のプレイリストを再生する。車内は私の好きな曲が格好良いギターに合わせて歌われた。
「あ、飛谷さんごめんなさい。静かにします」
「いいよ。流しても」
車はあいの指定した住所まで進む。古びた長屋を過ぎて、道端でマスクした女性たちがカバンを片手に話している。
「カソって路林の?」
「え、知ってるんですか」
彼は路林が来ても素知らぬ様子。話しかけられても素っ気なく返事し、普段通りの態度だから深刻さを共感できていなかった気がした。
「あの集団は毎日ウォッチしてるよ。彼女らは仲間を増やして社会的地位を向上しようともしてる。選挙にも出てるね。とても許せないな」
「ふ、ふふふ」
「私の母親とお似合いですね」
「それはありがとう」
そうして私たちを乗せた車は目的地に着いた。車内は私の流した音楽で満ちている。
「ごめんなさい少し車で待っててもらってもいいですか」
「いいよ。話しといで」
流れる景色を眺める。生い茂っていた木々が枯れて、茶色の枝が目立つ。私の好きな冬の季節が到来しそうだった。
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