家庭尊重委員会の見解

「どうしてここに?」


 静沼は警戒心を表しにしている。片手に携帯を持つのは、何かあった時に外部へ連絡とるためだろうか。頼れるのは、隣の彼女だけだ。

 路林の奥に修宇あいが待機していて、罪悪感が顔に出ている。


「あいの友達よね。場所を変えて話しましょう」


 迂闊に答えられなかった。なにか情報を渡すと損するような気がする。その推測から、無言を貫く。


「ついてきてくれるよね?」


 隣に目配せする。荷物をまとめて玄関に向かうから、行くしかないのだと察した。皆に続いて外に出ていき、扉の後ろでは大人が3人も同行している。隙のないまま、歩かされた。



 大人数で貸切の個室に到着した。このスペースは会社が会議ないしレクリエーションを行う際に活用されるところ。素性の怪しい人でも、裏社会の人ではない限り利用できる。そこで、3人でパイプ椅子に腰かけた。対面には路林と他の大人。


「まず私のことは知ってる?」

「家庭尊重委員会の幹部」

「静沼ちゃんはさすがに詳しいわね」

「親は子供を愛するべきで、子供は家を愛するべきという理念のもと。セミナーや慈善活動を行っている人達ですよね」


 家庭尊重委員会は学校の教育よりも家庭における情操教育を大事にしている。彼らの考えが載っている絵本やグッズ教材が、路林監修の元で販売されていた。カソの考えを尊重する家庭では、子供のインターネット使用も時間が決められている。


「近年では政治家の人達とも繋がりがあるみたいですね」

「そう聞くと胡散臭いわよね」


 差し出されたのは紙コップとお茶。路林の気が済むまで長い話に付き合わされるみたいだ。


「私の価値観と静沼さんの価値観に相違がある。それは仕方ないことだわ。なぜなら、私たちは多様性を重んじるから。別に今日全てを理解しろとかそう言うんじゃないの」

「あの」路林が話のペースを支配している。それを断ち切るために声を上げた。「私はただあいと話したいんです。私たちとあいだけ残してもらえませんか?」


 路林は両腕を組んで机に乗せる。


「あとでね 」


 カソの誤解を解いてほしいわけではない。ただ、あいに全てをさらけだしたいだけ。


「あいはどうなの? 久しぶりの再会がこれでいいの」

「……」

「二作さん。あいは私の後継者になりたいって言ってたわ」

「嘘だ。あいはカソのことを毛嫌いしていた」


 初めのデートでカソの活動を目撃し、やりきれない様子だった。自身の母親が染まっているのだから尚更だ。それが2ヶ月の間に考えが変わるなんて洗脳に違いない。


「まずわかって欲しいのは、私たちはカルト宗教じゃないわ。私や神を信じなさいって導こうともしない。そこは間違えないでね?」

「どうだか」


 静沼は疑いの目を隠そうとしない。路林が豹変して拘束してくるかもしれないのに呑気だ。

 家庭尊重委員会と関わりある男性が、考えの違いから暴行事件を起こしたという噂もある。


「私たちは子供の安全を第一に考えているわ。それがこの日本をより良い未来へ押しすめることだと信じているからよ」


 私たちが同意しなくとも話が続く。


「問題があれば私たちが力になるわ。なぜなら、大人は子供を守るべきだからよ。私たちは色んなものから被害を受けてきた。今こそ家庭の力を見せるべきなの。父親の知恵を借りたりね」

「父親のいない家庭はどうなるんですか?」


 私はたまらず乗っかってしまった。明らかな挑発だと分かっていたけれど。プライドが傷ついてしまった。


「私たちが役割を務めるわ。教材もあるから目を通しておいて。片親の人だって、私たちが何があろうと助けられる」

「そんな信頼置けません」

「大丈夫。わたしは言ったことに責任をもっている」


 言葉の外に圧があった。何でもしてくれるという発言の射程が幅広い。


「二作。話したって無駄だよ。この人たちは昔の日本を夢見てるんだ」

「すぐに分かってもらいたいんじゃない。私たちに害はないと信じて欲しいの。信じてくれたら、あいちゃんの現状だって怖くなくなるわ」

「あいをどうしたの?」

「あいちゃんは人を傷つけてしまった。そこまで知ってる?」


 修宇が地車に暴行を加えてしまったことを指していた。


「彼女も負い目に感じていたわ。だから話を聞いてあげたの。許してくれるだろうから、ちゃんと自分の考えも変えていこうって。そうしたら、もう人に対して激情しないで済むわ。怒ることは悪いもの」


 机が跳ねる。机の足が2度引きずられて、頭に影ができていた。静沼が思いきり叩いていた。


「人に殴られても許さなくちゃいけないの? その判断は地車が決めることでしょ。これは政治の話じゃないから個人の感情が優先されるよね。怒ることは悪いことじゃないでしょ。言われて飲み込むことだけが大人ならなりたくない」


 地車の肩を持つ静沼。てっきり修宇あいへの温情で助け出そうとしていると思った。しかし、実際は地車の擁護をしている。現場に居ないからこそ、どちらが悪いとかではない。2人の問題なんだと話した。


「あいが人を殴るなんてらしくない。周りのことを顧みなくて自分を持ってて。でも、一線を保つのが貴方でしょ?」

「姉さん。もう行きましょう」

「そうね。静沼さんまた冷静になって話し合いましょう」


 そうして5人が外へ出ようとする。私たちも自動的に外の空気を浴びた。子供たちの下校時間と当たったから、私たちを素通りする。


「あい」私がよびとめる。彼女が立ち止まり、振り返る。「味方は1人じゃないよ」

「もう遅いよ」


 どこか信じていない。貶めようとした人にしか映らないのだろう。それ以上いえなくて、ただ離れていく後ろ姿を見送った。

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