強奪と報酬 ②

 静沼は携帯を伏せて机の下に置く。


「携帯を表にして、再生ボタンを押せば犯人が映る。助けてくれるなら、誰か教える」


 私は元カノの百合が浮かぶ。髪の毛の色が日焼けして薄い茶色で口元にほくろがある。彼女の思い出は楽しいことばかりじゃないから、過去に支配されそうになるから切りあげた。


「それって百合に危害を加えたって意味ですか」


 違うと首を横に振る彼女。


「その百合さんは関与してないよ。安心して」

「え、なら誰が……」

「百合さんの今の彼氏だね」


 百合の彼氏は、昔付き合っていた人のことを知らなかったらしい。ましてや、同性と想像しておらず仰天。彼女を悪い人だと問いつめ、動画を勝手に拡散しようとしたらしい。もう関わりない私への腹いせとして。


「百合さんの彼氏が勝手にスマホを使って発見したらしい。そんで履歴から二作かりんのやり取りを目撃した。あなた転校先のことベラベラ話しすぎ。だから、生徒が恫喝されて、少しだけ上映された」

「静沼さんはもう私のことならなんでも知ってそうだね」

「あいが協力を望んでたから調べた」


 愛する人のため捨て身になる。静沼いちずは献身を体現していた。私は彼女らの間に入ってしまったわけだ。外側から見て、勝手に偏見付けて。


「ごめんなさい」

「なんで謝るの?」

「ごめんなさい……」


 身勝手な私を許さないで欲しかった。この世の悪事は私の責任な気がしてくる。消えてなくなりたい気持ちが私を支配した。晒されてから夜に起きる衝動が、今まさに押し寄せる。


「元カノの百合さんは『最後まで迷惑をかけてごめんね』って聞いてきたよ」


 私と百合は喧嘩別れしたようなものだ。クラスの大勢の前で言い合いして別れた。それから不登校になり、私は母親の実家の近くに住んでいる。


「そんなの今更言われても困るよ」

「それは私も同感」


 携帯を背表紙のままで静沼に突き返す。私はこの動画を見る気が起きない。されたことを許せないが、怒りよりも百合との思い出悲しみの海へ突き落とす。


「協力します」


 彼女は承諾して、スマホの画面を操作して、なにかに切りかえている。


「言っとくけど、私はあなたのことが好きじゃない。修宇あいがカソから出るようになるまでの協力関係」

「わかってる。私もあなたのことは好きじゃない」


 そうして、こちらに画面をわたす。写っていたのは、YouTubeの動画。サムネイルは修宇あいの顔だった。私は見てはいけないものを目にしてしまい悪寒がする。


「これが修宇あいの現状」


 動画が再生され、ローディングが円を描く。


『皆さんこんにちは。路林和子です。お元気にお過ごしでしょうか』


 豪華な部屋に2人の女性が並んで座る。左は路林がカメラへ朗らかに話していた。彼女らが動画投稿して信者にサービスしていることは認知している。


『今日は引っ越した先の家具店で話しています。アンティークな家具が可愛らしくて良いですね。これも家に飾ろうかな』


 路林が椅子の並びを観察している。その隣で修宇が彼女の腕に手を回して、肩を抱いた。


『姉さん。こっちにいいのありましたよ』

「は?」

「気持ち悪いでしょ」


 修宇あいは気に入らないと態度に出る。機嫌が良ければ周りを引っ張って先進む。静沼と共に行動するから夫婦として広まっている。言葉遣いは荒くて手が出やすい。親のことを疎ましく思っていて、私のことが好き。


「こんな修宇あいは知らない」

「私も違和感があった。何かあるよね」


『じゃああいちゃんの言う通りにしよーかな』


 髪の毛を歪むほど撫でられて、頬が綻む。まるで幼い子供のようだ。


『ねえ、姉さん。帰りにアイス買って』


 いつまでも子供のあいちゃんと、目に悪いフォント で記される。その後、動画は進み、店員さんに椅子の購入を告げる。すると、バイトの店員さんがカソの会員だと判明。奇跡的な出会いとして握手をして、シールを贈呈した。


『では、最後にビラ配りの人達に挨拶しましょう』


 2人は駅前の若者たちを労ってジュースを渡す。彼らに感謝されてまた握手した。修宇あいも右に続く。


「こんなのあいじゃない!」


 私が部屋に隠れている間に全て変わっていた。クラスのことなんてどうでもよかったが、修宇あいの変化を見過ごせない。


「許せない」


 私は怒りで満たされた。自分の知っている人を利用されている。カソという存在が対岸の火事ではなくなった。いま実害の出ているものだ。


「二作さん。LINE交換して、彼女を連れ出す作戦を立てるから」


 私はLINEを交換して計画を聞いた。彼女に従い、修宇あいをカソから連れ出そうと心に決める。



「おかえり。かりんちゃん」


 母親の彼氏が出迎えた。私は手洗いして、居間をそぅとのぞく。

 彼はテレビを見ながら缶チュウハイを飲んでいる。その背中の襟元がほつれていて、糸がとび出ていた。


「飛谷さん」


 彼は驚いて立ち上がる。勢いよく振り返るから、その姿がコメディ映画のようで口元が緩みそうになった。


「明日は早いんですか?」

「まあいつも通り。でも、車で来てるから間に合うよ」


彼は無表情に装っているが、内心は私の言動に驚いてることだろう。なぜなら、私は彼に質問したことがない。だから、どうして聞いたのか、伝える必要性を感じた。変に思われてしまうのでは、そんな面子を防衛したい心が働く。


「いえ、母親がいつ帰るのかなと思いまして」

「僕と入れ替わりになると思う。伝えておこうか?」

「いえ、自分で話します」


 私は自室に帰る。

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