7話
校長室の扉をノックした。中からどうぞと招かれる。
「失礼します」
室内は校長先生と教頭先生に、生活指導の先生の3人でなにやら話し込んでいた。
生活指導の先生は私の胸を見たくせに興味なさげに目を広げる。
「修宇。今は大切な話をしているから席を外しなさい」
「校長に確認したいことがひとつあります。その理由を聞いたら帰ります」
校長はやっと私に目線をあわせた。白い頭髪に彫りの深い顔は、生徒たちから威圧感があると陰口をよく言われている。
「二作かりんを停学にしますか?」
目をそらされる。校長から隣のふたりを気にしたら、いたたまれないのか座る位置を直していた。
この空気を私は知っている。応接間のふすまが固く閉ざされていたことがあり、イタズラで侵入すると母親が父親に土下座していた。両親が幼い私に対する居心地の悪さ。それが今ここにある。
「修宇さん。それは誰から聞きました?」
「クラスの皆が噂してます。被害者を処分するって、正しいことですか??」
「二作かりんさんについては先生たちと協力を図って話を進めています。いま、私が伝えられるのは何もありません」
「彼女が塞ぎ込んでることに関しては何も弁明なしですか」
「修宇!」
肩が震えた。身体が縮こまり、横むく。生活指導の先生が立ち上がっている。口を半開きにしたままで、首に青筋が浮いていた。彼は指導する名目で恫喝する。
「その口の利き方はなんだ! それが年上に対する態度か!」
「……」
「あのな、こっちだっていい迷惑なんだよ。文化祭をせっかくやらせてるのに面倒ばかり起こしやがって」
「え、かりんは自分からおこしてないですよ!」
「口答えするな! お前のそういう生意気な態度が気に入らん!」
私は生活指導の先生に質問していない。割って入って、なぜ態度の話になるのか。わたしは話の線が繋がってないと感じる。
「先生。そこまでにしませんか」
教頭が二人の間にはいる。しかし、生活指導は周りのことを配慮していなかった。自分の気の済むまでくち回す。
「だいいち人に裸を撮らせるな! 撮らせる方が悪い! 退学じゃないだけありがたいと思え!」
「いや、晒すほうが悪いですよ。そもそも、人の個人的なことを見せびらかすものじゃないです」
初めて口答えした。人の体を借りているように俯瞰している。で、身体中にかけめぐる熱が意識を遠くに行かせない。そう、私は大人を言い合いして、高揚していた。
「撮らせたのはあいつだ! あいつが悪い!」
相手の小さなつまずきを取り上げたくなる。ひとつでも、今ここで許せないことを目撃したら、それが攻撃しても良いという合図のように錯覚する。
同じ土俵に立ってしまっていた。
「裸を撮らせるなんて今言っても仕方ないでしょ! どうして、その人が悪いばかりに注目して、解決策を教えてくれないんですか。彼女は信頼できる人にプライバシーを晒されたんですよ! しかも、異性もいる中で。それがどれだけ屈辱的なのか理解できませんか?」
「お前先生に向かってなんだその口の利き方は。お前よりも長く生きてるんだぞ!」
「わたしは二作かりんをこれ以上虐めないでって言ってるんです。話し合いを進めるって言われても納得できません。話し合いを進める人たちを信頼できないって言ってるんです!」
「はいはい。そこまでにしましょう」
校長は自分の机から手を伸ばし、受話器を持つ。どこかと通信を繋いで、何やら小声で打ち合わせしている。
「いまお母さん呼んだから。それで帰ってもらえる?」
「な、なんで母親ですか?」
私は校長室から出してもらえず、椅子で待つよう説得された。力づくに退出しようにも、生活指導の先生が敵を見定めるように離さない。強制的に、母親と対峙しなくてはいけないのだろうか。
△
「どうも。うちの子います?」
校長質の扉が開かれた。わたしは母親と向き合うことに臆病になり、自分の膝を見る。
「あれ。修宇のお母さんをお呼びしたのですが」
そこに居たのは、母親ではなかった。
「ご多忙の修宇婦人に変わりまして、路林和子が受け取りに来ました」
紫の団子が頭に着いている。マスクを着け、目元だけ若作りの化粧していた。その痛々しさは紛れもない彼女だ。
「いやはや、お目にかかるとは思いませんでした」
「あら校長先生。私をご存知ですか」
校長は初めて席から立つ。彼の体は室内に括り付けられていないのかという謎の驚きが湧いた。
「セミナーにも参加させて頂きました!」
「あらありがとうございます。私の考えを反対視する人もいるのに進歩的ですね」
「何をおっしゃいますか。貴方ほど時代に則した人はいません」
路林の肩を抱き、教頭に紹介していた。
「『全ては家庭の改善にある。臓器のさざめきを傾聴し、子供に先ゆく指導をする』家庭尊重委員会幹部の路林さんです」
「あなたが噂の人ですか。あなたの新刊に感動しました」
「母親が家にいて、父が働きに行く。その円滑なリズムは日本人の大和魂に根付いています。そのサイクルが子供の自己肯定感を高め、自立を促します。不登校やイジメは多様性という言葉に隠された大人たちの怠惰にあります。子供には自由を与えるべきですが、大人たちが管理してあげないといけません。これは当然です」
頭が痛くなってきた。わたしは早くこの異常な空間から立ち去りたい。どうして何もかも上手くいかない。
「あいちゃん行きましょう。お母さんがお稽古の成果を披露したいそうですよ」
無言で退出した。生活指導の先生は怒りを隠していない。それを路林が、よく言っておきますのでとわたしのお腹を撫でた。その内側をまさぐられているようだ。
吐き気がして、早々と帰る。
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