第29話 なんで
ひとしきりカラオケを楽しんだ健人たち一行はカラオケ店の玄関先で各々財布を出して支払いの精算を済ませていた。
日が傾き、街は薄暗くなっている。
「あ〜楽しかった! たまにはいいもんだね」
紗月が伸びをして言う。
バレー部でほどよく絞られた身体の線が街灯の灯りに照らされる。胸の膨らみが制服のシャツの胸元を張らせる。
男子勢はとっさに視線を逸らした。
「では拙者と健人はこっちであるな」
小次郎がそう言うと、めいめい分かれて家路についた。家の方向によって、小次郎と健人の組、女子二人と智也の組に分かれた。
「あ〜あ、なんで道一緒なのが健人じゃないんだろ」
紗月の快活な声は、静かな夜の街にことさらに響いた。
「ほんとほんと〜」
一方、真奈美の生気の抜けた声は闇夜に妙によく合った。
「そんな……二人とも傷つくこと言わないでよぉ」
智也は涙目である。
「冗談じょうだん! 智也も需要あると思うよ、たぶんだけど」
「それフォローになってないよ〜」と真奈美。
「じゃあ、真奈美は何かあるの?」
「ん〜」少し考える素振りを見せた後、「ないね」きっぱり言った。
「ひどいなぁ」
と落ち込む素振りをみせながら、本心はそれほど傷ついてなんかいない様子で智也は笑った。つられて真奈美と紗月も笑う。
「それにしても、二人とも健人のことほんとに好きなんだね」
智也が言うと、真奈美と紗月は申し合わせたように空を仰いだ。ぽつぽつと星が見える、晴れた夜空。
「そう、特にとりたてていい男ってわけでもないんだけど、なんかね。自分でもこの気持ちをうまく説明できないんだ」
「私も」紗月に続いて真奈美も話した。「うん……私はケンちんとは昔からの知り合いで、ケンちんの色んな面見てきた。たしかにとりたてていい男ではないな〜」真奈美は立ち止まって星空をみあげ、遠い目をする。「でもね、なんでだろ。好きになっちゃうんだよね〜」
そこで、真奈美と紗月は目を見合わせて笑った。恋敵の間柄とは思えない様子で。
「なんていうのかな。強いていうなら、受容力? こんな私でも受け入れてくれるっていう安心感みたいなもの?」
「健人くん。出過ぎたことを申すようですまないが、おぬしはもう少しはっきりしたほうがよいと思うがね」
小次郎が改まった口調で言った。
「なんのことだ?」
健人は話の筋がよめない。
「紗月くんと真奈美くんのことだよ。おぬしとて何も気づいていないわけではなかろう」
健人が眉をひそめる。その様子を見るに、小次郎は驚きを顔に表した。
「まさか⋯⋯おぬし、本当に何も気づいてないのか。紗月くんと真奈美くんの気持ちだよ」
「だから、持って回った言い方しねぇで、はっきり言えよ」
「うむ」小次郎は目を閉じ、しばらくそうしていた。決心したように目を開き、言う。「あの二人は、おぬしに恋をしている」
「ハハッ、それはねぇぜ」健人は腹を抱えて笑う。「あいつらとは何ていうか腐れ縁みたいなもんだよ。ときどき冗談みてえに俺をからかうけど、どっちも本気じゃねえよ」
「拙者にはそのようには見えぬが」
「そうなんだって。俺が言うんだからさ」
そう言って健人はすたすたと先へ歩を進める。
その背中を見ながら小次郎が誰にも聞こえない声で言った。
「あの二人が少々気の毒であるな」
いつの間にか健人はひとりになっていた。
小次郎も途中から帰り道が分かれるのだ。
健人がひとり歩いていると、電柱の脇に人影が見えた。健人が距離をとって通り過ぎようとすると、
「け〜んちん」
影が話しかけてきた。
よく見れば、それは真奈美だった。
健人は少し驚いたように目を見開いて言った。
「は? なんで?」
「うん、みんなと別れてから、ここまで急いで回り込んで来て、ケンちん待ってたんだ〜」
健人は腕を組んで考え込むようにして真奈美を見た。
「ん〜、さっきの精算で俺だけ支払いが少なかったとかか? で、取り立てに来たと」
「はは、違うよ〜」サイズの大きいブレザーの袖からほっそりとした指だけ出して顔の前でひらひらと振った。「ちょっと、話したいことがあってさ」
白の世界 〜変人たちの鎮魂歌《ウィアドーレクイエム》〜 桐沢もい @kutsu_kakato
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