第28話 カラオケ
真奈美はその見ためや喋り方に反して、ロックな曲を選曲。ロックを歌うには欠かせないシャウトやフェイクといった技術を織り交ぜ、プロ顔負けに歌い上げた。その曲は人気映画の主題歌に起用されるやまたたく間にオリコンチャート1位を飾った、今をときめくバンドのものだった。それは素人が歌うには難易度が高いといわれている。
しかし、真奈美の隣に座る健人は、次に自分が歌う曲を選び終わり、デンモクを机の上におもむろに置き、特に反応を示すこともなく次の自分の番の準備をしていた。
真奈美が最後の母音にきっちり余韻を響かせて歌い終わる。
「どうだった? けっこう上手く歌えたと思ったけど〜」
「もうすぐ俺の曲始まっから話しかけんな」
「ちぇ~」
真奈美は不服そうに足をぶらぶらさせる。
「フッ」と健人が笑う。目は真奈美と合わせず「うますぎ」と言った。
真奈美の表情が微かに明るくなる。「ありがと〜」と気の抜けた礼を言った。
健人が入れた曲が鳴り始める。
「え〜、ケンちんこんなの歌うの〜? おもろ〜」
健人が入れた曲は、複数のお笑い芸人が集まって結成した歌手グループの曲だった。
軽快かつどこかおかしみのあるイントロが流れた後、歌詞がスクリーンに表示される。健人がマイクを握る手に力を込め、真剣な面持ちで歌い始めた。
その歌手グループは、歌詞や曲調こそふざけているが、ボーカルの歌唱力は本物で、素人が歌うには難度の高いものだ。
「えへへ〜、ケンちんもうま〜い」
本当に褒めているのか、皮肉なのか、真奈美の気の抜けた話し方からはわからない。
曲が進むにつれて、健人が次第に苦しそうになる。健人は力で誤魔化しているため発声に無理があり、曲の後半になると段々と調子が外れ始めるのだ。
結局、健人は歌の途中で諦めて曲を切った。
「え〜やめちゃうの〜? もっと聞きたい〜」
「真奈美みてぇに上手く歌えねぇんだ」
「そうかな〜、カッコよかったよ。まぁたしかに少し喉で歌ってる感じはあったかな〜」
真奈美の手が伸び、健人のお腹に添えられる。
「このへんに力を入れて歌えば、もっとよくなると思うよ〜。あーって言ってみて」
健人がきまり悪げに「あー」と発声すると、「そうそう、そんな感じ〜」と真奈美が拍手した。
「なんだこれ」
健人がそう言うと、ふたりは笑った。
それからしばらく沈黙。そして、真奈美が言った。
「ねぇ、私たちって、何してんだろうね〜」
「ん? なんだそれ」
健人が意図をつかみかねるといった顔をすると、真奈美が続けた。
「うまく言えないんだけど~、なんか変な感じ。なんだか、この世の中とっても居心地いいんだけど、夢の中にいるような感じがするっていうか。でも、ほっぺつねったら痛いし、現実なのは間違いないんだけど〜」
「激しい歌うたったから、酸欠になってんじゃねえか?」
「そうじゃないの。今の話じゃなくて、ずっと。いつもそんな感じがして」
「ふ〜ん」
健人はソフトドリンクのストローをくわえ、目だけ真奈美の方に向けて相づちを打つ。
不意に扉が開き、特に何も注文してないはずだというふうに健人が細めた目を向けると数名の人間が立っていた。それらは健人のよく知った顔だった。
「すまんな、ふたりの邪魔をするつもりはないのだが、この者が大勢のほうがきっと楽しいだろうと言ってきかぬのだ」と小次郎。
「ちーす! 健人、うちらも混ぜて〜」
それは隣のクラスの
「僕もよくないと思ったんだけど……」と後ろから顔を覗かせたのは智也だった。
「別に、俺も大勢の方が楽しいし、いいぜ」
健人がそう言うと、真奈美は一瞬視線を伏せた後、思い直したように顔を上げた。
「みんなで歌お〜。けど、部屋は変えてもらう〜?」
もともとニ人客の想定で通された部屋に、五人入るのは無理があった。
すかさず紗月が部屋に備え付けの受話器を取り、受付に部屋変更の催促をした。まもなく店の制服を着たマッチ棒のようなひょろい男店員が現れ、だるそうに別の部屋を案内した。
「よっこいしょ〜!」
紗月が男みたいな言い方で、新しく案内された部屋のソファに勢いよく腰を下ろした。隣の健人はびっくりして数ミリお尻が跳ね上がる。
「紗月、もう少しおしとやかに座れねえか? 仮にも女子高生だろ?」
「健人の隣が空いてたから他の人に取られないように急いで座ったの! 普段はおしとやか女子なんだよ」
紗月は慌てて両足を閉じて言った。ほどよく締まった足だ。紗月はバレー部である。
「嘘つけ」
「え? バレバレ?」
「いまさらすぎだ」
ふたりは笑う。
健人を挟んで反対側に座る真奈美はおもしろくなさげにデンモクで曲を検索している。
智也はそんな真奈美の様子をちらりと見やり、言った。
「健人くんはうらやましいよ。女の子にモテモテで」
「拙者らもそれなりに良い男であるはずなのだが、健人が相手では少々分が悪いようだ」
「あはは〜、拙者って何〜?」
気の抜けた声で真奈美が言う。
「今日は小次郎であるからな。一人称は拙者が最適であろう」
「あはは、おもしろ〜。ね、ケンちん」
真奈美が左手を健人の膝に添えた。一部、非常に微妙な部位にかかっている。
反応して左に身を避ける健人に、今度は紗月が身体を寄せた。
「健人ぉ〜デュエットしよ〜?」
「お、お前らちょっと落ち着け!」
健人はドギマギしながら喚くのだった。
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