第3話

 母上は太助に命じて、父上を呼びに行かせた。太助に連れられて現れた父上は、決まり悪そうだった。


「あなた」


「はい」


「お酒がなくなっているんですけど」


「いや、少しだけじゃないか」


「一樽を少しだけとは申しません。あと、肴まで頼まれたんでしょう、鯖の塩づけの残りが隠してしまってありましたよ」


「いや、それはだな…」


 母上の顔がキツくなった。


「あなた、角の御隠居さんと碁を打たれた後、いっぱいきこしめされましたね」


「いや、何も出さぬわけにはいかなくて」


 角のご隠居は父上の碁敵ではあるが、お祖父様が亡くなられた後、父上の商売や町内のことについて相談に乗ってくれている、と父上自身はおっしゃっていた。よく我が家へ来られる。


 だが、母上は一気に続けられた。


「あなただけのことならかまいません!」


「はい」


「太助に肴を買わさせ、きよには酒を出させられたのでしょ!」


「いや、面目ない」


 太助、きよの二人も合わせて縮こまった。


「二人を加担させるなんてどういうことです、若い二人を出汁に使って、美味しいものを頼ませ、自分たちだけ楽しんだ後、こっそり残りのものを始末するなんて、お店のものにどう示しをつけるんですか!!」


 ふと、くっくっく、と笑い声が聞こえたのでみると、それはお祖母様だった。


「台所の様子を見れば何をなされたかは分かります、お酒が減っているのも、あんなにきこしめして」


 お父様はきっちり母上に搾り上げられていた。


 私には、いつも母上に偉そうにしている父上が、小さくなっているのが、面白く見えた。


 商売では、しゃんとしているのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る