第2話

 大体、付き合ったり別れたり、そんな風に簡単にしてしまう大地君は少し軽い男だと思ってしまう自分もいる。そんな男子に心ひそかに惹かれるのも嫌だと思う自分もいる。付き合うということは、手を繋いだり、キスをしたり、その先の世界もあるのだろうか。そんなことを思うだけで胸が苦しい。けれど、大地君はどことなくそんな雰囲気の人じゃなくって、ただその猛アタックしてくる女子に流されているようにも思えた。


 すっきりと刈り上げたうなじ、さらっと流れる前髪。二重だけど派手すぎない目。見た目だけでいえば今時のかっこいい男子。けれど、どこか、影があるような雰囲気が私は好きだった。まるで小説の中から出てきたみたいなその雰囲気が、どうしても私の心に入り込んできて、好きの気持ちで膨らむ心の風船を、萎ませることができない。だから、せめて、修学旅行は一緒に東京を周りたい。そんな儚い願いを持っている。


――でも、きっと無理だよね。だって萌々寧ももねが学級委員だし。


 そうなのだ。大地君の彼女の萌々寧は学級委員。班を決める時は学級委員が取り仕切る。だから、絶対一緒の班にはなれないと思ってた。


「うそ……」


 恋愛の神様はいた。どういうわけか、私は大地君と同じ班になっていた。


「なんで……?」


 思わずそう呟いてしまったほどだ。さらに、神様はいたようで、大地君の隣の席になっていた。


「うそでしょ?」


「え?」


「あ、いいや。なんでもない」


「俺の隣、いや?」


「ぜんぜんっ! そういう意味じゃないから!」


 思わず交わした短い会話に鼓動が早くなる。なんならその鼓動は止まることなく、授業中も鳴り続けて、先生の話が頭に入ってこないほどだった。こんなことがあっていいのだろうかと、毎日学校へ行くのが楽しみになった。


「髪型、変えようかな」


 今まで気にしていなかった髪型も、この際変えてしまおうと思った。少し癖が入った長い髪に縮毛矯正をかけて、ストレートにした。長すぎた後髪は肩にかかる程度に変えて、前髪を作った。さらには小学校から掛けていた眼鏡を外し、コンタクトにした。お母さんには、そんなもったいないことと言われてしまったけれど、そこはなんとか押し切った。だって、大地君の隣の席なんだから。


「ねぇ、だいちぃ、今度の日曜日、映画行かない?」


 休み時間のたびに、萌々寧ももねが隣の席の大地君に甘えるように話しかけてくることはあるけれど、隣の席で毎時間一緒にいれるだけで、もう充分だと思えた。萌々寧とつき合ってるのは仕方ないことだ。せめて、隣の席で、一緒の班で、修学旅行にいければそれでいい。


 それでいいと思ってたのだけれど、恋愛の神様は私に何で味方してくれているのかは知らないが、ゴールデンウィークが明けたら、萌々寧と大地君は別れていた。噂によると、萌々寧の方から大地君のことを振ったようだった。なんでも、「せっかく付き合ってるのに、何にもしてこないし、面白くない」ということだった。


「だってさ、せっかく付き合ってるなら一緒に出かけたりしたいじゃん? RINKも自分からはくれないし、なんのために付き合ってるのかわかんないじゃん」


「えー、それはつらい。え? じゃあ手も握ってないの?」


「うん。だって、付き合ってる最中、一緒に帰ったくらいだよ? それも一日だけ」


「まじないわぁ。そりゃダメだね」


「本当だよ。修学旅行の班だって一緒じゃないし、つまんなっ」


 そんな話を女子トイレの中で聞いて、手の届かないアイドルに恋をしている気分だった私の思いはさらに膨らんだ。


――付き合ってると言っても、私が思ってるような関係じゃなかったんだ!


 私は修学旅行が待ち遠しくなった。毎日隣の席で大地君と触れ合えるだけでも幸せだったのに、修学旅行では三日間、一緒に班行動をするのだから。




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