第20話 文化祭当日

朝から校舎は熱気に包まれていた。

廊下には人が溢れ、教室のドアからは賑やかな声と甘い香りが漏れてくる。


『いよいよ始まったな……』


鏡の前で、自分の執事服姿を確認する。

思ったより似合ってる──とは、他人に言われた感想であって、自分ではまだ慣れない。


「似合ってるよ、起実くん」


振り返ると、そこにはメイド服姿の眠桐さんがいた。

ふんわりとした黒と白の衣装に、薄く笑う表情。

その仕草一つひとつが、どうしようもなく綺麗だった。


『な、なんかその……可愛いな』


「……うん、ありがとう」

少しだけ恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに笑う。


(……この笑顔、独り占めしたくなるなんて、思ってしまうのは欲張りだろうか)


メイド執事喫茶・開店中

文化祭の目玉になりそうなほど、教室は大盛況だった。

陽斗も執事服を着て、意外とノリノリで接客している。


「お待たせしましたー!こちら、本日のおすすめスイーツです!」


「おい、もうちょっとトーン落とせ!執事だぞ、執事!」


『……騒がしいな、お前ら』


そんな他愛もないやりとりも、今日だけは楽しい。


けれど、ふと視線を廊下に向けたとき、環の姿が見えた。


教室の外から、少し寂しそうに中を覗いていた彼女と、目が合う。


(……あの日のことを思い出す)


──告白された日。

彼女は俺の気持ちを理解した上で、それでも勇気を出して伝えてくれた。

だけど俺は、答えられなかった。

それが正しかったと思う。だけど……


今、環の隣には陽斗がいた。


ほんの一瞬だけ、環の顔が笑ったのが見えた。

無理してる笑顔じゃない。どこか、前よりも自然な。


(──良かった)


そう思った直後、


「起実くん、戻ろ?」


眠桐さんがそっと袖を引いてきた。


『……ああ、行こう』

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