第38話
ベネットは、何度もクァールに吹き飛ばされながらも攻撃に耐え続ける。
自分が抜かれたらシズカが無事では済まないと分かっているからだ。
シズカもシズカでただ守られているだけではない。
合間合間に狐火を放ってクァールをけん制していた。
クァールも、シズカの狐火が脅威であると認識しているので、それだけは警戒して食らわないよう全て避けている。
戦闘は、千日手の様相を呈していた。
しかし、この拮抗した状況はいつまでも続くものではないことをベネットもシズカも理解していた。
今でもベネットは、ダメージが蓄積していっているし疲れも出てきている。
シズカにしたっていつまでも妖術を撃ち続けられるわけではないのだ。
このままでは二人ともいずれやられる。
(頼む、早く来てくれ)
ベネットは仲間が一刻も早く援護に来てくれるのを願っていた。
エリスは懸命に治癒魔法を使ってヨークの傷を癒していた。
その甲斐もあって五回目の治癒魔法でヨークは動けるような状態にまで回復している。
「もう動けるでしょ? お願い、ベネット達を助けて」
エリスは未だに泣きじゃくるヨークへと声をかける。
「もう無理だ。僕たちはここで死ぬんだ」
ヨークの心は折れていた。
それも無理はないとエリスも思う。
目の前でパーティーメンバー全員が殺されて自分もぼろぼろにされて死にかけた。
これで再び戦えと言われても頷ける者はほとんどいないだろう。
それでもエリスとしてはヨークにも戦ってもらわなければならない。
そうでないとベネットやシズカが死んでしまうからだ。
そして、その後にはエリス達もやられてしまうだろう。
「ヨーク、今はあんたしか頼めないのよ」
エリスの言葉にもヨークは動こうとしない。
その様子を見て取ったエリスは意を決して立ち上がる。
すると、エリスは突然歌を歌い始める。
戦いの神アーレスに仕える神官にのみ歌えるいくつかの特殊な歌のうちの一つ。
戦場歌。
エリスは探索者なので厳密に言うと神官ではないのだが、治療院での働きにより戦いの神に対する貢献が認められて神官の資格を有しているため歌い方を知っていた。
その効果は、戦いに挑む者に勇気や戦意、活力を与えて気持ちを奮い立たせるというものだ。
歌っている間は効果が続くが、その間は何もすることが出来なくなるペナルティーも存在する。
本来なら戦争のような大規模な戦闘で一般的な兵士相手に使用されるものである。
それでもエリスは、この場ではこの歌がヨークを再び立ち上がらせるのに必要なものだと思って歌ったのだ。
エリスの魔力を伴った美しくも荒々しい歌が響き渡る。
「こ、これは…」
ヨークは自分の中に漲る何かが入ってくるのを感じた。
身体に染み込んでくる何かが恐怖の心を洗い流していくのに身を委ねて、ヨークはただエリスの歌声に聞き惚れていた。
どのぐらい聞いていただろうか、ヨークがゆっくりと立ち上がる。
そこには絶望を浮かべた顔の者はいない。
涙も引っ込み、ただ闘志だけを漲らせた戦士の顔があった。
「これなら僕も戦えそうだ。ありがとう」
ヨークは、戦線に復帰しようと戦闘の状況を確認し始める。
ベネットとシズカはクァールの攻撃を未だになんとか凌いでいた。
ここに自分が入れば優位に戦えるだろうとヨークは介入する機会を伺う。
ヨークの剣ではクァールに傷を負わせることは出来ない。
それならばと、ヨークはシズカが妖術を放ったタイミングを見計らってクァールに向けてファイアランスを放つ。
ヨークを気にも留めてなかったクァールは、シズカの狐火を横に飛んで躱し、着地したタイミングで側面から飛んでくる炎の槍に気付いた。
これは既に一回見たやつだとクァールは冷静に観察していた。
そして、先程から幾度となく襲ってくる炎の攻撃より脅威度は低いと判断したクァールは、ヨークの炎の槍を右前足を振るって弾いた。
「なっ!」
クァールに魔法を弾かれたのも驚いたが、目に見えた外傷がないことにヨークは二度驚く。
いや、全身真っ黒なので体毛が燃えている可能性はあるが、ぱっと見ではわからなかった。
所詮ファイアランスは初級の魔法でシズカの操る妖術とは威力に格段の差があるのは分かる。
だけどそれはないだろうとヨークは唇を嚙んだ。
「来たか。ヨーク、クァールの攻撃をスイッチして請け負ってくれないか!」
限界が近いベネットは、一旦ヨークに盾役を変わってもらえるよう頼んだ。
交互にクァールの攻撃を受けることが出来ればもう暫く持つだろうとの判断からだった。
ヨークも自分の魔法が通じない以上、他に選択肢はない。
了解の意を込めて盾を打ち鳴らしながらベネット達がいる場へと駆ける。
クァールはヨークの立てる音を煩わしそうにしながら音の原因であるヨークに爪を振り下ろす。
ヨークは盾を構えて重心を低く保ちクァールの攻撃を受け止める。
(大丈夫そうだ)
無事にヘイトをスイッチできたことを確認したベネットは安堵し、治癒のポーションを飲み干して一息つく。
こうして盾役をスイッチしていけば時間は稼げる。
だが、決め手に欠けるこの状況で探索局からの援軍が到着するまで持ち堪えられるかはベネットにも分からない。
それでも耐えるしかないのだ。
ベネットは気合いを入れ直す。
それからどれだけ経っただろうか、状況が動いたのは数回のスイッチをしてヨークにヘイトが移った直後だった。
この状況に飽きたクァールが動いたのだ。
クァールは、耳があるところと肩から伸びる四本の触手を攻撃に使い始めた。
まるで別の意識を持っているかのようにそれぞれの触手が鞭のようにしなってベネットとヨークに襲い掛かり始める。
つまり、クァールは本気を出していなかったということだ。
猛烈な攻撃に晒され、最初に崩れたのはヨークだった。
クァールが触手から血を吸うのを知っていたヨークは、血を吸われまいと避ける動きが大きくなってバランスを崩したところに腕からの強化をまともに食らってしまう。
ヨークは倒れたまま起き上がってこない。
肩が上下していることから死んではいないだろうが気絶したようだ。
もうヨークが戦闘に戻ってこないのは誰が見ても明らかだった。
ベネットは、なけなしの体力を振り絞って守勢に回る。
しかし、クァールは痛めたはずの左前脚をも使って攻勢に出る。
仕留めに来ている。
ベネットはクァールの意図に気付いたが、その手数の多さに防ぎきれず触手の一本を後方へ通してしまう。
「ぐっ!」
妖力が尽きかけていて動きが鈍っていたシズカは、クァールの触手攻撃を躱すことが出来なかった。
軽装のシズカは耐え切れずに倒れ、動けなくなる。
どうやらクァールの触手には麻痺の効果があるらしい
脅威となりうる存在が倒れたことでクァールはベネットに追撃を加える。
限界を迎えていたベネットは盾を前方に出して体を隠して耐えることしか出来なった。
そして、クァールはベネットに対してとどめとなる腕を振り上げる。
敵も味方も全員がベネットの死を確信したその時だった。
「ギニュアアアアアア!!!」
一本の矢がクァールの左目に突き刺さった。
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