第30話

 ヨーク達との一件で、探索が遅れてしまったベネット達一行は、第一階層での狩りは諦め第二階層に来ていた。


 「しかしむしゃくしゃするわね」


 「全くじゃ。妾もあの不埒な者どもに灸を据えておきたかったのじゃ」


 エリスは怒りが収まらないようだ。


 「お前はダチが馬鹿にされて黙っているのか?」


 前にレオに言われた言葉が頭をよぎる。確かにこれは我慢できそうにないとエリスはあのときのレオの気持ちを本当の意味で理解していた。

 もちろん、怒っているのはエリスだけではない。シズカはなぜかシャドーボクシングのように拳を交互に突き出しているし、マロンはむっつりとしたままだ。

 その中でも一番怒り心頭なのは直接的に暴言を吐かれたベネットだろう。

 しかし、ベネットは探索者である本分を思い出し、ここが迷宮内だということで周囲を警戒していた。


 「みんな、気持ちは分かるがここは迷宮内。気を抜くな」


 ベネットの言葉にはっとした他の面々は気を引き締める。


 「ごめん、ベネット。わたしが索敵する」


 マロンが斥候職としての仕事をしようと申し出る。

 第二階層は第一階層の草原とは原始林が広がっている。

 迷宮の入り口のように高台にはなっていないので辺りを見回すことが出来ないのだ。

 第一階層ほど小型の魔物が多いわけではないので草木の陰に隠れて奇襲を仕掛けてくる割合は低いのだがないわけではない。迷宮内ではどこでもそうだが警戒を怠るわけにはいかないのだ。

 マロンの獣耳がぴくりと動く。

 いる。こちらに向かってくる魔物の気配。

 マロンは仲間に素早く手で合図して隊列に加わる。

 ベネットを先頭にマロンがベネットの斜め後方に陣取る。その後ろにエリスとシズカが並んで構えた。

 木々の間から抜けて現れたのはワイルドボア。

 イノシシ型の魔物であるワイルドボアは、肉はおいしく人気があり、毛皮も需要がある獣の楽園でも人気の魔物だ。

 だが、その巨体から繰り出される突進攻撃は破壊力があり、とてもではないが侮れるものではない。

 ワイルドボアが後ろ足で地面を掻く。

 突進の合図である。


 「くるぞ!」


 ベネットが声を発したと同時にワイルドボアが動き出す。

 声を上げたことでワイルドボアはベネットを標的にしたようだ。

 ベネットは、突進の射線上に仲間が入らないように位置取り、盾を構える。

 さすがに人の身の丈ほどもあるワイルドボアの突進をベネットは受け止めることは出来ない。

 直撃の瞬間に盾を器用に操作してワイルドボアの突進を受け流す。

 受け流されたワイルドボアはそのまま木に衝突して動きが止まる。


 「妾に任せるのじゃ」


 ワイルドボアに攻撃を加えようとしたベネットがシズカの声に反応して動きを止める。


 「狐火」


 シズカの持つ狐火玉と呼ばれる球状のなにかが怪しく光り、魔法のファイアボールにも似た、しかし、以前ヨークが放ったものよりも大きく、赤々とした火球が現れワイルドボアに向かって放たれる。

 それは、瞬く間にワイルドボアを包み込むと全身を燃え上がらせた。


 「ピギイイイィィ」


 ワイルドボアは断末魔の叫びをあげて倒れ伏す。

 そこには黒焦げになったワイルドボアの死体が転がっていた。


 「ちょっとシズカ。これじゃ毛皮もとれないじゃない」


 「す、すまぬ。まだ気が立っていたようで加減ができなかったようじゃ」

 

 「まったく。肉は食べられるのかしら」


 エリスに怒られてシズカはその尻尾を垂れ下げた。

 魔物の剥ぎ取りは探索者にとって必須の技能だ。魔物の素材を売って収入を得る以上、剥ぎ取りは欠かすことが出来ないことである。

 エリスとマロンは顔をしかめながらワイルドボアの解体を始めた。


 「毛皮は全滅」


 「肉は少し削ったらいい火加減で焼けているわね」


 結果は惨憺たるものだった。毛皮は全滅。肉は表面は黒焦げで炭化した分を削れば食べられるぐらいにこんがりと焼けた肉が出てきた。

 四人で昼食として消費したら売れる分はほとんど残らないだろう。

 先程のエリスの発言は皮肉でしかなかった。


 「すまぬ、すまぬ…」


 シズカは只々肩を落とすのみだった。


 ワイルドボアの肉を食べ昼食を終えた四人は獲物を探しに原始林の探索を再開する。

 シズカは汚名返上とばかりに張り切っている。

 ベネット達は嫌な予感がしつつも探索を続けた。

 すると、再びマロンが魔物の気配に気付く。

 先程と同様の隊列を組んだ四人は魔物の備えて戦闘態勢に入る。

 現れたのは先程よりも大きなワイルドボア。

 四人いることを見て取ったワイルドボアは突進の態勢に入る。


 「今度こそ妾に任せるのじゃ」


 「えっ、ちょっとシズカ!」


 シズカの隣にいたエリスが静止の声を上げるがシズカが気にすることはない。


 「狐火」


 再び唱えた妖術名にシズカ以外の三人の頬が引き攣る。

 しかし、今回現れた狐火は小指の先ほどの大きさの炎だった。

 シズカは立てた人差し指をくいっと折り曲げると小さな狐火がワイルドボアへと向かっている。

 その炎はワイルドボアの眉間に当たるとジュッと音を立ててワイルドボアの脳を焼き尽くす。

 断末魔を上げる間もなく絶命したワイルドボアはどうと倒れる。


 「えっ、倒したのか?」


 ベネットは唖然としてワイルドボアを見やった。


 「妾にかかればこんなもんじゃ」


 シズカはその豊満な胸部を強調して胸を張る。


 「凄いわ。これなら毛皮も肉もほとんど無駄なくとれるわね」


 「最初からやる」


 ワイルドボアの死体を確認したエリスが感嘆の声を上げるがマロンの声は冷たかった。


 「あんなに小さくても凄い威力なのだな」


 「圧縮してるだけじゃからの。範囲が狭くなる分威力は上がるのじゃ」


 大量のワイルドボアの素材を手に入れた四人はその日の迷宮探索を終えることにする。

 開始早々にトラブルに見舞われたものの、四人の迷宮探索はとりえず順調と言えるものだった。

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