第4話 神律学園

 白い少女に逃げられてから俺は学校の中へと入り自分の教室を探していた。廊下を歩いていくがこの棟の一階には学習室と特別教室、そして一つの教室しかなかったのでクラスはすぐに見つかった。


 教室扉の上に掲げられた札には一年一組の文字。その札を見る目がどうしても嫌そうに曲がってしまう。


 というのも、神律学園のクラス分けは基本信仰別によってされるが、成績が優秀な者を集めた特別進学クラスというのがある。ここでは信仰の区別なく、何かしらに秀でている分野があれば誰でも入れる。それがここ一組だ。

 まさか、そんな場所に俺が入ることになるとはな。


 天下界の例外、唯一の無信仰者。


 それが俺だ。蔑称としてイレギュラーなんて呼ばれたりもする。


 全ての人間が信仰者である天下界においてそれはあり得ない存在だ。俺だってどうして自分が無信仰者なのか知らねえよ。でも、無信仰という事実がどうしようもなく世界で孤立する。入学式に出られなかったのも、式が混乱しかねない、という学校側の判断からだった。


「はあ、マジ憂鬱だ」


 どうせ嫌な思いをするんだろうが仕方がない。せめてもの思いから教室の後ろから入室する。

 中では説明会が始まるまで生徒が自由に過ごしていた。あちこちですでにグループができており、集まるメンバーには明確な共通点がある。


 男子二人が腕相撲をしようと話し合っているのを、今も勉強に勤(いそ)しむ女子が迷惑そうに抗議しているのは赤いスペードの琢磨追求の者たちだ。


 反対に初対面の初々しさを出し、緊張しながら挨拶をしているのは白のハートの慈愛連立。


 その二つを遠目に見ながら、落ち着いた様子で話しているのが緑のクローバー、無我無心。


 皆が腕章を身に付けているため誰がどの信仰かは一目瞭然だ。


 そして、印がない俺は無信仰者だと一発で分かるというわけだ。晒し者かよ……。

 気にしても仕方がない。教室に入り自分の席を探す。見れば一番後ろにある窓際の席が空いていたのでそこに向かって歩いた。


 すると和気藹々としていた場の空気が変わる。入学式にはいなかった生徒が来れば当然か。だが、ざわざわとした話し声が聞こえ始め腕章を付けている左腕が特に視線を感じる。


 表情をしかめどかっと座った。こういう時は無視だ無視、それに限る。机に頬杖を突き周りを意識しないよう窓から青空を見上げる。


 しかし、声というのはどうしようもなく聞こえてきた。


「ねえ、あれって」「やっぱり!?」「おいおい、マジかよ」「どうしてあんな奴が特進に?」


 ちっ。いちいち言うなよ、聞こえてるんだよ。


「腕章に印がない。本当に無信仰なんだわ」「なんで神理を信仰しないんだ? 馬鹿か?」「理解出来ないな」

「…………」


 窓から空を眺めて時間を潰すつもりだったが、やめだ。俺は周りを見渡して最初に目が合った奴のところまで近づいていった。


「さっきからなに見てんだ、俺とにらめっこでもしたいのか?」


 それで相手はすぐに目を逸らした。


「ハッ、俺の勝ちだな」


 自分の席に戻る。教室は一転して沈黙した。せっかくの入学式なのにお通夜みたいだ。でも気にしない、悪口が聞こえてくるよりマシだ。俺は不機嫌さを隠そうともせず座っていた。

 ギギ。


「ん?」


 すると沈黙を切り裂くように椅子を引きずる音が響く。見れば女子の一人が立ち上がり俺の前まで近づいてくる。当然他の生徒の視線を集め、女子は席の正面で立ち止まった。


 最初に目に入ったのは赤い長髪。見下ろす黒の瞳には怖気づく気配はない。凛とした姿勢は武人のようで、袖やスカートから覗く四肢は引き締まっている。口は固く結ばれ露骨に敵視を飛ばしてきた。

 良い雰囲気じゃない。ふと視線を彼女の左腕に向ければ思った通り腕章は赤だった。


「なんだ、俺になんか用かよ」

「ええ。聞きたいことがあるの。もし違ったら悪いんだけど、てか違ったら違ったで思わせぶりな態度にムカつくけど」


 澄んだ声だが口調はきつい。


「先に名乗っておくわ。私は加豪切柄(かごうきりえ)。信仰は、腕章の通り琢磨追求(たくまついきゅう)よ」

「そうかい、初めまして」

「ええ、初めまして」


 白々しい挨拶を交わす。


「それであなた、宮司神愛よね?」

「そうだよ。サインでも欲しいのか?」

「そういうのじゃないわ。ここに来たのは言いたいことがあるからよ」


 目の前の女子、加豪は一度嘆息すると俺を見た。


「無信仰者だがなんだか知らないけど、その態度止めてくれない?」

「ほぉう」


 加豪は鋭い目つきで見下ろしている。ああ、気持ちは分かるよ。でもちょっと待てよ。


「俺の態度を止めろだって? てっきりお前らが俺を不機嫌にしてると思ってたんだが? どいつもガン飛ばしやがて、そんなに俺とにらめっこしたいのか? お前もその一人かよ?」

「仕方がないでしょう、無信仰者なんてのが同じ教室にいたら誰だって気になるわ」

「仕方がない? ハッ。俺のことを無信仰者だと分かるなり逃げ出した奴がいたがそれも仕方がないか?」

「元はといえばあなたが無信仰者なのが悪いんでしょう。ここは天下界よ? 神が実在するのにどうして信仰しないわけ?」

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