中古車
とにかく、安くてもいいから車が欲しかった。今でもそうだが、私は車の運転が大好きだ。これを言うと珍しがられることがあるのだが、私が好きなのは車ではなくて、「車の運転」なのだ。だから車の種類はなんだってよかった。
私が購入した中古車の詳細は、敢えてここで省かせていただく。とりあえず、買ってみて乗ってみての印象は「どうしてこれがこの値段?」というものだった。あまりにも格安で少々不安だったのだが、乗り心地はとてもよかった。
ある時、週末にドライブに出かけていると、渋滞に遭遇してしまった。ずらりと前に並ぶ車たちに辟易しながら、しかし、ドライバーは待つしかない。待って待って、待ちくたびれ、ようやくアクセルを踏み込めると思ったその時、前の車が動かない。
私はほとんど反射的にクラクションを鳴らした。
プ――――――ッ!
前の車はそれでも、のろのろと進みだした。
しばらくして、さっき鳴らしたクラクションに何か気になるものを感じてきた。だが、その時は別段何も確認しようとはしなかった。しかし、渋滞や飛び出しの度に鳴らされたクラクションに私は確信めいたものを感じた。間違いなく、クラクション以外の何かが聞こえる。
ある日、車に乗り込むと、私はクラクションを鳴らしてみた。
プ――――ッ!
やっぱり。私は思った。そして今度はもう少し長く鳴らしてみる。
プ―――――――ッ!
もう一度。
プ――――――――――ッ!
やっぱり聞こえる。私はすぐに手をクラクションから離した。額には厭な汗がにじんでいる。呼吸がひどく乱れ、心臓がやたら主張してくる。
お母さん。
子供の声だった。クラクションの音に合わせるように「おかあさん」という声が聞こえる。うめき声に似たその声はクラクションの裏でべったり張り付いているようで……。私はもう一度クラクションを鳴らした。
おかぁさあぁあぁぁあああああぁん……!
「おい!」
その時、不意に窓を殴られた。心臓が止まるかと思った。そこにはさぞ迷惑そうな顔をした中年の男性。
「うるさいよ」
「すいません……」
住宅地の駐車場の中だったことを忘れていた。
その中古車はもう売り払って手元にない。過去にあの車内で子供が取り残され、熱中症で死んだというのは、後から聞いた話だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます