戦場帰りの少年兵~能力者犯罪対策機関~

ニノケン(ニノ前 券)

序章 戦争は終わった。GCA結成編

第1話 戦争は終わった。

 とある山の上空。


 枯れた木々が並び立ち、中の様子が丸見えの山の中を、月狼げつろうはただ走っていた。


「はあ、はあ。」


ブゥゥゥゥゥゥン!


 とっさに頭上からチェーンソーのような重低音が響き渡り、とっさに身を伏せる。


 恐る恐る上を見上げてみると


「なんだ。ただのヘリか。」


 それは武装ヘリコプターのローターの音だった。


 武装ヘリコプターが月狼の頭上をホバリングに近い低速で飛行しながら、地上を攻撃しているのだ。


パパパッ!パパパッ!


 空から降り注ぐ流星のような銃声。


 武装ヘリコプターから定期的に鳴り響くパーカッションのような機銃の射撃音が月狼の恐怖を掻き立てた。


 機銃は主に月狼の近くの陣地を耕しているが、もしこちらが見つかったらその機銃の銃口は容赦なく月狼のほうへ向く。


 何せ山は気候と度重なる攻撃によってすっかり木の葉が枯れているため上空からはこちらの姿が丸見えなうえ、仮に目視で発見されなくとも敵のレーダーは真っ先にこちらを探知するだろう。


 月狼にできることは、ただ土の上に突っ伏し、迷彩服で土にカモフラージュして隠れることだけだった。


 右手に刀、左手に小銃を抱えた月狼は、ヘリの様子をうかがいながら目的地に向かって匍匐前進した。


 ブルルルルル。


 やがてヘリが去っていった。


 燃料が尽きたのだ。


「ふう。」


 どうにか命拾いした月狼。


 木の陰に隠れながら少し中腰に立ち上がって、周りの様子を見渡す。


 左手に抱えていた小銃もスリング(銃を持つ、もしくは肩にかけるために銃に取り付けられた紐)を通して肩にかけ、今は刀だけを持ち歩いている


 パパパッ!パパパッ!


 様々な場所で銃声が鳴り響き、一瞬たりとも音がやむことがない。


 敵、味方、様々な勢力の空を切るような甲高い射撃音が鳴り響いていた。


「畜生、あっちこっちで音が鳴り響いてどこに何がいるかわかりやしない。」


 月狼がつぶやいた。


 山はこの惨状とはいえ枯れ木やところどころにわずかに生い茂った葉が周りの様子を隠し、周囲の把握を難しくしていた。


 そんななか、どこに潜んでいるかもわからない敵を探して、月狼は刀を片手に歩いているのだ。


 銃声が鳴り響く静寂とは程遠い山の中。


「見つけた!」


 背後から味方ではない誰かの声がした。


(まずいっ!)


 月狼はとっさに後ろを振り向く。


 後ろには少年が銃を構えて立っていた。


 その銃口ははっきり月狼のほうを向いている。


パパパパン!


 少年の持つライフルから甲高い乾いた銃声が鳴り響く。


 その時


 月狼が突如少年の背後に一瞬で移動した。


バシュン!


 少年の首筋に切り傷が走り、血しぶきが上がった。


 ドサッ。


 少年の体が土に転がった。月狼は振り返り、かつて少年だったそれを見つめる。


「ふう。危なかった。今日はこれで十人目か。」


「大丈夫か?月狼!」


 灰髪の少年が月狼の元へ走ってくる。


 持っている刀にはやはり血がついていた。


「灰狼か。」


「いやさ、なんか急にヘリコプターの音がして、双眼鏡で音のするほうを見たら月狼がいてさ、しかもその背後から敵が近づいてて早く助けなきゃ、と思ってきたんだけど」


「安心しろ。敵は倒した」


 月狼が刀の血を腕でぬぐいながら言った。


「ふう。これでここら辺の敵は片づけたはずだ。」


「今日の攻撃はこれで終わりかな。」


「そうじゃないだろ。絶対。」


 月狼が周りを見渡した。


 もうすでに日は沈みかけていて、はげ山の風景が淡いオレンジ色を帯びている。


 それは世界の名だたる画家、写真家のどんな絵よりも美しい沈む太陽の情景と、人工的に荒れ果てた山が彩る、醜くも美しいグラデーションだった。


「景色を楽しむ余裕もないよなあ。こんな地獄の戦場じゃ。」


 死の音がやむことがない戦場で、沈みゆく夕日を眺めながら月狼はひとり呟いた。


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 5年前、共産主義政権へのクーデターを成功させて独裁を敷いた共和国大統領に反発した共産主義政権が、新たなる国家の独立を宣言。


 それを認めなかった共和国は新たなる国家、連邦国を攻撃するも、連邦国からタックスヘイブンを用いて莫大な利益を得ていた隣国が介入。


 長きにわたる戦争が幕を開けた。


 山岳地帯、荒野、道路、農地、市街地等ありとあらゆる場所が戦場になった。


 ただでさえ共産主義政権の失敗により経済が崩壊した共和国は、この戦争によりさらに疲弊し、貧困化していった。


 そして様々な新兵器が導入された。


 中でも最も革新的だった兵器は、能力者だ。


 能力者とは、もともとこの世界に0.0数パーセントの確率で生まれる、常人とは非なる力を持った者たち。


 様々な超常現象を起こせたり、超常現象というほどではないが常人では到底不可能な芸当ができる能力を持っている。


 これまではあくまで偶然生まれる特異体質のようなものにすぎなかったが、科学が発達して遺伝子の操作が可能になり、人工的に能力者を生み出すことかできるようになった。


 しかし、この能力者を生み出す手術にはとある問題点があった。


 それは、第二次性徴期以降の大人に施すと、体が拒絶反応を起こす可能性があるというものだ。


 そこで、両軍は貧しい子供たちを誘拐した。


 またわざわざ誘拐しなくても、子供を政府に差し出した親には一定の税金の免除と莫大な報酬金が与えられたため、自分たちの生活のために子供を軍へと売り飛ばす者も後を絶たなかった。


 こうして集められた少年兵たちは、記憶を消され、そして能力者へと改造され、少年兵として実戦に投入された。


 月狼も、灰狼もそういった能力者に改造された少年兵の一人だ。


 本当の名前などとうに忘れ、今は軍でつけられたコードネームでお互いを呼びあっている。


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「もうすでに敵に制空権は握られている。ここももう直陥落するだろう。

 長く続いた戦争も、もう終わりだな。」


「そうだね。」


 当初は大躍進を繰り広げ、一時は共和国を崩壊寸前まで追い詰めるような勢いを持った月狼たち連邦国だが、度重なる市街戦や空戦での敗北により今では完全に共和国に戦いの主導権を握られ、無駄な戦闘を挑んでは三師団レベルの兵力を失い敗走することを繰り返すだけの弱い軍となった。


 月狼たちがもといた部隊も2か月にわたる市街戦の末崩壊し、多くの戦友を失っていた。


 しかしどうにか生き延びた指揮官と敗残兵たちは山を疑似要塞化して立てこもり、生き延びるために共和国からの追討軍を追い払う戦いを繰り広げていた。


 そこに、真っ白な髪の毛の少年が走ってきた。


「どうした、兄貴。」


 冬狼とうろう。この少年はそう呼ばれていた。


 この三人の中では最も年上で、二人からは「兄」と呼ばれ、慕われている。


「お前ら逃げろ、何かがおかしい。周りの木々が燃えている。」


「え?」


 次の瞬間。


「よけろ!」


「うわっ!」


 ドォォォォォォン!


 近くにドローンが直撃した。


「な、なんだ。ただのドローンか。それじゃ、うん?」


 爆心地が燃えている。


「何だ、これ…!」


「下山するぞ!」


 三人は急いで斜面を下る。


「でも、命令が!」


「命令を出す人間はもういねえ。さっきドローンに当たって死んだ。」


「…分かった。」


 もうどんなに親しい人でも、誰かが死んだくらいの話を聞いたところでは驚かなくなっている。


 なぜなら、戦場ではそれが日常茶飯事だからだ。


 とにかく今は逃げることが第一だ。


 三人は急いで山を下った。


 だが。


「こっちも燃えてやがる!」


 どこもかしこも燃えた木々が月狼たちの居場所を阻み、とても安全に下山できそうな状況ではなかった。


「どうする?兄貴!」


「木があまり生えていないところへ行こう!そこからなら炎の手が回る前に下山することができるはずだ!」


 三人はそこを目指して歩き始める。


 このままでは三人とも山火事に巻き込まれてしまう。


「あと少しだ!」


 三人は無我夢中で走る。


 後ろにドローンがいるとも知らずに。


「灰狼、早く!」


 月狼が声をかけた


「…うん!」


 灰狼が逃げ遅れているのだ。


 その瞬間をドローンは見逃さなかった。


 ヒューーーーーーーーーン


 「まずい!よけ」


 冬狼が叫んだが遅かった。


 ドォォォォォォォォン!


 灰狼にドローンが直撃した。


「灰狼ォォォォォォ!」


「ああっ、ああっ!」


 二人とも逃げるのを忘れ、灰狼のほうを一瞬振り返った。


「う、嘘だろ、兄貴、灰狼が…。」


「悲しんでいる場合か?!


 速くいけ!灰狼の二の舞になるぞ!」


「あっ、ああ!」


 二人は涙を流しながら必死で走った。


 後ろからはドローンが特徴的な音を鳴らして迫ってくる。


 「月狼!逃げろ!」


 月狼は能力を発動させた。


 ++++++++++++++++++++++++


「はっ!」


 月狼が起き上がった。


 月狼が座っているのは暗い長方形の箱の中で、周りには共に戦ってきた少年兵たちが所狭しと座っている。


 兵員輸送車の中だ。


「大丈夫か?」


 冬狼が声をかける。


「あれ、ここは…。戦場じゃなくて…。」


「何を言っているんだ。戦争はもう終わっただろ?」


 だんだん記憶が戻ってくる。


「そういえばそうだったね。俺たちは負けたんだっけ。」


 灰狼が死んでからしばらく後、連邦国首都が5か月にわたる攻防戦の末陥落。


 戦争は神聖ファシスト党率いる共和国の勝利で終結し、月狼たち連邦国軍は負けた。


 連邦国側の兵士に残された道は投降するか、殺されるか、自殺するしかなかった。


「兄貴、後何分でつくかな」


「俺たちがトラックに乗せられた時からもう6時間が経過している。共和国を目指しているのならもうすぐ着くはずだ。」


「着いたら兵士が待ち構えててドアが開いた途端に銃殺されるなんてことはないよね。」


「それはない。もしそうなら全員から武器を取り上げるはずだ。


 だが、俺たちが持っている二本の刀、何より銃は取り上げられていない。」


「なるほど。じゃあ連中は信じてもよさそうだね。」


「にしても、昨日まではお互い殺しあってたのに。今は敵のお世話になるとはな。兄弟。」


「本当にそうだよ。といっても、あいつらは軍人でも何でもないっぽいけど。」


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 戦争終了後、連邦国軍に所属していた少年兵たちは共和国や他国に送還された。


 しかし、この二人の狼の場合は事情が違う。


 月狼と冬狼は少年兵の中でも戦闘スキルも能力も特に優秀で、その分多くの人を殺した。


 その結果多くの兵士を虐殺した「100人殺しの狂犬」として、世界中に名が知れ渡ってしまい、共和国との国際問題に発展することを恐れて世界中の国が二人の保護を拒否していた。


 追討軍も彼らを助けることをあきらめて撤退し、月狼たちが命の危険にさらされることはなくなった。


 しかし、山の出口には村が広がり、そこでもし住民に発見されればリンチを免れ得ない。


 そのため、月狼と冬狼、そしてともに戦っていた少年たちは最後まで共和国に降伏することができず、灰狼が死んだ山の中で2か月にもわたるサバイバル生活を続けていたのである。


 しかし、終戦から2か月後、山に何者かが訪れた。


 たった5人からなる部隊で、4人は武器を持っていたが、部隊長と思わしき女性は武器どころかボディアーマーすら着用していなかった。


「月狼、冬狼、その周辺の数名!


 全員無事か?」


 月狼はその部隊に向かってライフルを構えた。


「武器を下ろせ、兄弟。」


「なんで?今になってこの山に入ってくるなんておかしい。


 絶対に僕たちを抹殺するために来たんだ。」


 だが、冬狼は何も言わず、声のするほうに歩いて行った。


「何者だ。」


 冬狼が真顔で部隊長に話しかける。


「よかった。交渉に応じてくれたのか。


 安心してくれ。


 私は共和国の人間だが、別に君たちを抹殺しに来たわけじゃない。


 君たちを共和国に送るために来たんだ。」


「そうか。」


 冬狼が笑顔を見せた。


「銃の弾を抜け。


 俺たちに危害を加えないことの証明をしろ。」


「了解。


 各自ライフルの弾倉を抜け。


 弾倉を抜いたら必ずコッキングして薬室の弾を排出しろ。」


 4人の隊員はその命令に従い、弾倉を抜いてコッキングした。


 誰の銃にも弾は入っていない


「よし。みんな、これで敵は丸腰だ。警戒を解いていい」


 月狼とそれに従っていた8人は、次々と茂みの奥から姿を現した。


「よし、こっちにわが軍の兵員輸送車がある。


 ついてきてくれ。」


 月狼以下10人はようやく山から解放された。


 彼女たちの言葉に嘘はなく、向かった先には本当に共和国の兵員輸送車があった。


「いいか、くれぐれも音を立てないでくれよ。


 この作戦は共和国には極秘で行われているんだからな。」


 そういって部隊長は輸送車に月狼たちを乗せた。


 --------------------------------


 キィィィィッ


 ブレーキ音がする。


「さて、君たち、ようこそ共和国へ」


 部隊長が輸送車のドアを開ける。


「君たちがここに来たことは国家にはばれていない。

 

 法律上君たちを戦争犯罪で裁くことも難しいから逮捕されることもないだろう。  


 周りの目は厳しいだろうが、どうにかして生きてほしい。


 未来ある君たちを薄汚い地面で最期を迎えさせるわけにはいかないからね。」


「おしゃべりが多い。ま、助けてくれたことには感謝するよ。」


 月狼が嫌味を込めて言う。


「せっかく助けてやったのに何?その口の利き方は。」


「…別にいいでしょ。」


 月狼はホテルのほうを向いた。


「後、名前を聞いてなかったな。名前がわからない奴は信頼できないんだが。」


 冬狼が聞く。


「ああ、私はエミ。共和国の輸送兵。


 よろしく。」


「輸送兵か。


 どうりで戦場についての知識があいまいだと思った。」


「私も元々はスナイパーとして前線に出ていたんだが、膝に榴弾を受けてしまってね。」


「榴弾片だろ。大げさに言うな。」


 冬狼が言った。


 月狼たちは輸送車から飛び降りた。


「おえっ!」


 月狼が座り込む。


「大丈夫?月狼!」


 エミが駆け寄った。


「いや、問題ない。前線の前方で戦うことが多かったから、歩兵輸送車に乗ったことはあまりなくて。それこそ1年に一回あるかないか。」


「そうだったんだ。大変だったね。」


「…あんたはわかってくれるんだな。」


「そりゃあ、私も多くの兵士を戦場まで運んできましたからね。」


 三階より上が倒壊しているが、それなりに立派なホテルが建っている。


「まあ、今日はゆっくりしてくれたまえ。後で全員にそれなりの金と食料をやるから、これからはそれで暮らしてくれ。学校に行きたいなどの事情がある場合は私が紹介状を書いてやる。」


「ありがとう。で、とりあえず今日はここで寝るわけか。森の地面よりは悪くない。」


「そう。」


 子供たちは速攻でホテルに入った。


 破壊しつくされたホテルに客がいるはずもなく、ホテルにいたのはかつての少年兵たちだけだった。


 月狼たちは速攻で部屋を取り階段へ走った。


 階段を上り終わった。


 月狼は刀に手をかけた。


「何をしている。もう敵はいない。」


「いやー、戦場にいたころの癖がどうしても抜けなくてさ。」


「…少し休んだらどうだ。」


「そうするよ」


 二人は部屋に直行した。


 机と椅子とベッドくらいしかない粗末なつくりだった。


 だが、野宿の百倍はましだ。


「で、ここから出たらどうするよ兄貴。」


「さあな。俺たちは戦場以外の場所を知らずに生きてきた。これからどうするかは一度この平和を味わった奴らか、戦争中ものうのうと平和を享受してきた奴にしかわからない。まあ、俺はそこら辺を自由に生きてみる。」


「そうか。」


「お前は一人で生きて行け。俺の人生は俺自身が決める。」

 戦争中ともに


「兄貴…。でも、もしまた会いたくなったら、また一緒に過ごしたくなったら、また会いに行っていい?」


 月狼が冬狼の目を見つめる。


「ああ、もちろん。心配するなよ。たとえ離れ離れになっても、血のつながりすらなくても、俺たちは兄弟。そうだろ。」

 

 そう、この二人には血縁関係は一切ない、偽りの兄弟だ。


 戦争中ともに行動していく機会が増えたことで、同じ『狼』のコードネームを持つものとして、兄弟に近い友人関係を作り、お互いを慰めあってきたのだ。


「ありがとう。すうっ…」


 眠気に耐え切れずついに床で月狼は寝てしまった。


「やれやれ」


 月狼の体を冬狼は抱えてベッドの上に置いた

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