第34話

 ヴァイスは少し後ろに下がると、身体を低くして一気に柵を飛び越えた。

 静かに地面に着地をして俺を振り返る。そして乗れと言わんばかりに首を大きく上下に振る。


「…いいの?ありがとう…ヴァイス」


 俺は厩舎の外に置いてあった木の箱を持って来て、それを土台に背の高いヴァイスに何とかよじ登った。

 ふぅ…っ、と大きく息を吐くと、身体を倒してヴァイスの首に抱きつく。


「ヴァイス…お願い。この高い塀を越えて、俺を外に出して…」


 まるで返事をするように小さく鼻を鳴らしたヴァイスの首から身体を起こす。

 すぐにシュルリとヴァイスの背中から翼が生えて、二三回羽ばたかせると、塀に向かって走りながら空へと駆け登った。

 かなり上空まで翔んで軽く塀を越え、すぐに着地するのかと思ったら、暫く翔んで人家も疎らな街の外れまで連れて行ってくれた。


 月明かりに照らされた広場に、ヴァイスがゆっくりと舞い降りる。

 着地したヴァイスの首に再び抱きついて、俺は何度も頬擦りをした。


「ヴァイス、本当にありがとう。大好きだよ。俺さ…アルのことが好きなんだ。一緒に過ごすうちに好きになってた。だからこそ婚約者がいるアルの傍にいるのが辛い…。アルにひどく扱われることが耐えられない…。ヴァイス…あのカッコよくて偉そうで、優しいのか冷たいのかよく分からない我儘な王様を、よろしくね…」


 ヴァイスのたてがみを撫でて背中から飛び降りる。いつの間にか出ていた涙と鼻水を、上着のポケットに突っ込んでいた小さめのタオルで無造作に拭いた。

 ヴァイスが俺の頬に鼻先を擦りつけてきた。俺が笑って鼻先を撫でると、身体を反転させて一気に空へと駆け上がり去って行く。

 だんだんと小さくなっていくヴァイスの後ろ姿に、もう一度お礼を言う。


「アルにバレたら怒られるかもしれないのに…。本当にありがとう」


 ヴァイスの姿が見えなくなると、俺はようやく広場から離れた。



 これからどうしようか…と考えながら、月明かりが当たって影になっている建物の近くを歩いていた時だった。

 建物と建物の細く暗い路地から「カナデ様」と声をかけられた。


「だっ、だれっ?」


 俺は身体を硬くして、腰に差した短剣の柄に手を触れる。

 路地の暗がりから出てきた、俺と同じようなマントを被った男がフードを取って「お久しぶりです」と頭を下げた。


「…あ、ナ、ナジャ?」

「はい。覚えていて下さって光栄です」


 俺を自分の国へと連れ去ろうとした、あの傲慢なレオナルトの部下。

 なんでこんな所にナジャが…という驚きと、この先のことを考えて不安になっていた時に、見知った顔に会った安心感で、一気に肩の力が抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る