第三話 魔女の棲家

 ジャハガナンに教えられて分かったことだが、現在、俺がいるのは歓楽街の一角にある縦に長い建物だ。


 雑居ビルと考えるとイメージしやすい。

 

 その四階でアーリアは占い屋兼便利屋の仕事をしていたと言う。


 また建物の中には小さな娼館が押し込められていて、京楽の匂いが絶えない場所になっているらしい。


 もし俺が元の体を持っていたら、楽しい場所に思えたかもしれないな。


 ま、実際にはそういう店に入る勇気なんて持てないだろうけど。持っていたら、普通に彼女を作っていたし。

 田舎育ちだからって訳じゃないが、やっぱりそういう店には抵抗感がある。


 十代の女の子の姿をしている今なら尚更だ。

 

 俺は街に出たいと思い、入り口のドアを開ける。すると女性の艶かしい声が聞こえてきた。

 それに耳を澄ませていると自分の下半身がだんだん熱くなってくる。


 これには俺も倒錯的な気持ちになってしまったので、ヤバイ、ヤバイと思いながら急いで外へと通じる階段を降りて行った。


 建物の外に出ると、そこは夜になっていて、明かりを灯した料理屋や飲み屋がずらりと建ち並んでいた。

 人通りの多い道を歩いて行くと賭博場やカジノのような店もあった。

 また狭い路地には肌を露わにした女性が客引きをしている店が幾つもある。

 

 この姿だと路地には入らない方が良いな。商売女性と間違われかねない。


 今、歩いている通りはまさしく歓楽街というに相応しく、様々な欲求を満たせるような造りになっていた。


 まあ、こういう活気のある街並みは嫌いではない。

 俺が住んでいたのは田舎だったからこういう都会的な空気には憧れていた。


 でも、都会には危険や誘惑が多いし、そういうものには気を付けないとな。


「あれ、アーリアさんじゃないですか。こんな夜に一人で街を歩いているなんて珍しいですね」


 買い物袋のような物を持った十四歳くらいの少女が話しかけてきた。


 誰かは分からなかったが、そんな時、心の奥底から沸いて出てくるような声が聞こえてくる。


 その声は「この子は居酒屋を営んでいるおじさんの一人娘のサラちゃんだよ。とっても良い子だから愛想良くしてね」と何とも清純な響きを感じさせながら言った。


「そうなの?」


「そうですよ。夜の街を歩いていると男どもが羽虫のように寄ってくるから鬱陶しいって言ってたじゃないですか」


 サラちゃんはモテる女は羨ましいですね、と零した。


「そうだったね。ま、私は自画自賛してしまうほど可愛いからそれもしょうがないか。って、言うのは冗談で、夜の男性には気を付けてるから大丈夫だよ」


 俺は目に見えない力に突き動かされるように自然に女の子の喋り方をしていた。

 まるで誰かに口を乗っ取られているかのようだ。


「ですよね。でも、今日のアーリアさんはちょっといつもと違いますね。ひょっとして、お酒の飲み過ぎですか?」


 サラちゃんはクスリと笑う。


 そういう方向に受け取ってくれるのは助かる。俺はまだアーリアの交友関係を把握できていないから。


「そんなところかな。なんていうか、今の私は相当、酔ってる気分だよ。だから、いつもと違うのかもね」


 心がフワフワしているというか、異世界にいる実感が持てていない。


 こんな感覚を引きずっているとその内、痛い目に遭いそうだ。


「そうですか。まだお酒が飲み足りないようでしたら、私の店に来てください。たっぷりとサービスしますよ」


 居酒屋のサービスなら女の子の体でも大丈夫か。

 いや、今日は止めておこう。

 酒で酔ったりしたら何かのボロを出しかねない。


「今日は遠慮しておくね。疲れているからさっさと寝たいし、酔い潰れて道端で倒れても困るよ」


 これは肉体的な疲労でなく精神的なものだ。心の疲れを取ってくれる薬はないものかな。


「それもそうですね。差し出がましいことを言ってすみません」


「いえいえ。今後もそういう言葉をかけてくれると嬉しいし、これに懲りずにどんどん誘ってね」


 酒を飲むのは嫌いではないし、この世界の酒には期待させてもらうかな。


「分かりました。あと、アーリアさんの調合してくれた魔法薬ですけど、あれ二日酔いに効くって大評判ですよ」


「へー」


「みんな、さすが歓楽街の護り主の魔女様が作った薬だって称賛してました」


「そう言われると悪い気はしないかな。やっぱり、人の役に立てるのは気分が良いしね」


「アーリアさんはいつも意識が高いですね。私も近々、また魔法薬を買いに行きますので、その時はよろしくお願いします。では、私は店の手伝いがあるのでこれで」


 そう言ってサラちゃんは買い物袋を手に下げて去って行った。


 その後姿を見て、案外、永遠の魔女は色々な人から慕われていたのかもしれないなと思った。


 にしても、早くも人格にブレが生じ始めているな。これでは俺こと長谷川圭介の自我が変質しかねない。


 ま、それでも死ぬわけじゃないし、なんとかなるか。そう思って私は家に帰ることにした。


 ……つって、ちょっと待てよ! 


 幾ら自然の流れとはいえ、俺は何で自分のことを〈私〉なんて言ったんだ。


 ここまでアーリアの体の影響を受けてしまっているということなのか。


 これは本格的にマズイかもしれないな……。

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