ep28魔神ちゃん止まって!天貫く槍とマーリア・エ・ジェツェヴェテレナ

幽籠の森ゆうろうのもり、知らないところでそう名付けられたこの地帯。王都北西部の山林域でトレイルとクゥちゃんは枯れ葉を集めていた――。

「ふぅ~」

 トレイルは大きな袋に落ち葉をたっぷり貯めて一息ついた。

「トレイル体力ないね」

 クゥちゃんはトレイルの20倍の数の袋をぱんぱんにして尚、息を乱すことなく、汗をにじませることもなかった。

「これでも結構な量をやったと思うんスけど……クゥちゃんが凄すぎるんスよ」

 トレイルが集めたのはかれこれ20袋だ。それでもクゥちゃんはその20倍終わらせている。体力もさることながら、ノンストップの凄まじい速度で作業を終わらせているのだ。


「でもさすがにそろそろ十分スよね」

「ん。まだ詰められたけど、帰りを考えたらこれ以上は邪魔。 キスアの宝収輝石を持ってくればよかった」

「なんだっけそれ」

「宝収輝石は、キスアの制作物。色んなものを詰められる」

 指でひし形をつくり、このくらいのサイズだとトレイルに見せつけた。かわいい。

「はぇ~便利スねぇ!なるほどそれで採集とかを少ない手持ちでたくさん……。さすがキスアさん」

 本人の知らないところで勝手に好感度が上がるキスア。できれば本人の目の前でしてあげてほしいところ。きっととてもとても、それはとても喜んだことだろう。

「ん、早く薬を作って元気になったら、一緒に採集したい」

「そうっスねぇ……じゃあこれを持って早く薬をつくってもらわないとスね!」

 トレイルは枯れ葉の詰まった袋をまとめて、とりあえずは一つのところに集めた。

「んぅ、でもかさばって持ちづらい……それに数も多い……」

「うーん、確かに……」

 トレイルは30を超える数の枯れ葉袋を見て悩んだ。重くはないにしても山を下って、王都までこの数を一気に持っていくのは難しい。

「なんとか縦にまとめて背負えるように、背負い籠を作ってみようか……。 クゥちゃん、その辺から木の枝を集めてほしいっス」

「ん、わかった」

 

 トレイルとクゥちゃんは木の枝を集め、一通りの数をそろえた時――。


 ドーン!!

 

 離れたところから大きな衝撃音が聞こえてきた。大きな何かが落ちたような、鈍い音。

 土煙を孕んだ突風がやってくる。トレイルとクゥちゃんは顔を手で遮ってそれをいなした。

「な、なんスか今の……もしかして魔獣っ!」

 喜びがこみあげてくる。あの方向に向かえば戦いが、待ち望んだ強者との儚い時間が。願ってやまないひと時が体験できる。

 トレイルの手が震える。腰に当てた剣を抜きたくて仕方がない。今にも駆けだしそうだった。

「……行ってみる?」

 クゥちゃんが提案した。

「え……えっクゥちゃん……?」

 トレイルは驚き、困惑した。

 まさか勧められるとは思っていなかった。クゥちゃんは止めると思っていた。早くキスアに薬を作ってあげたいと言っていた。そんなものは無視していくべきだと言うと思った。しかしトレイルの想像と違って、クゥちゃんは慌てるでもなく、戸惑うでもなく、焦るでもなく。ただ落ち着いた声で、トレイルの希望を促そうとした。

 それはつまり許しを与えたということだった。行ってもいいよと、許可してくれているのだ。キスアが心配のはずだというのに。

 しかし、トレイルはそれを理解しても尚留まることができそうになかった。引き返して山を降りる選択を取れなかった。

 そこに求めていた、焦がれていたものがあるのに、手を伸ばさないなんて……。

 我慢なんか、出来なかった。


「ごめんクゥちゃん、あたし行きたい」

 後ろめたさで顔を歪ませながら、希望を伝える。

「わかった。長くなりそうならすぐ帰るから」

 特に呆れるでもなく、色のない顔で淡々と言って、クゥちゃんは音の方向を見た。それは早く行ってという意味でもあった。

「ありがとうクゥちゃん……っ!」

 トレイルは音の方へ駆け出していく。姿が見えなくなると、クゥちゃんは両手に袋を抱えてジャンプした。それは木々を軽々と超え、空に消えていった。きっと一度の跳躍で王都まで戻るのだろう。

 そしてそれを繰り返して落ち葉の詰まった袋を全部運ぶのだろう。


 ――――――――――――――――


 マネコリス含む調査班は、魔獣の痕跡を見つけた後、その周囲を重点的に捜索した。

 結果、近くでまた新たな痕跡を発見した。

 行動原理、移動の目的はまだ定かでないが、何らかの理由でこの痕跡を残していることはわかった。生物で言う糞などを置くマーキングかと思われたが、魔獣がそれをしたところで、餌を取り合う必要がないために、意味が通らなかった。結論はまだ出ない。

 しかしここにいたことは確かであった。


「ふむ……」

「どうしたんですか?」

「これが卵のようなものだとしたら、と思ってな」

 ノクスマリの言葉に振り向いて、マネコリスはいう。そしてその手には先ほど見つけた脈打つ球体、魔獣の痕跡が――。

「胞子が根付いたあとの原基……ですか?」

「そうだ。今回の魔獣が菌糸に類似したものであることはわかっている。が、それが子実体かと思ってな。そうであるならば、これは子だ。 うまく使えばおびき寄せられるのではと思うのだが……罪のない子を傷つけるのは胸が痛む。 ほかの方法はないものかと……」

 討伐すると決まったわけでもないのに、そんな残酷な事は出来ない。世界のために役立つことをしている魔獣だったということも考えられる。

 まさしく森の掃除屋であるキノコのように、魔獣は世界における何かの役割があるものだとマネコリスは考えていた。

 

 「でしたら、できうる限り多くこの痕跡を集めて、良く見えるように置いておくのはどうでしょう?」

 「魔獣がどう思うかはともかく、少なくとも気になって見に来る可能性はある……か」

 少し考えた後、マネコリスは決めた。

 「まずは痕跡を集めよう」


 一度隊員たちを集め、同じようなものを探させた。

 次は調査ではなく、作戦のためにより多く集めるためという認識を共有して。

 

 まずは一度回収するだけだとわかれば、いちいちの報告に時間を掛ける必要はなくなり、それぞれがひたすら集めるだけとなる。

 そして、一抱えほどの量を集めるにはそこまで時間はかからなかった。


 「うん、十分な量だろう。 では、土槍の魔術を発動させる。 先端に網でまとめたこれらを吊るし、天高くどこからでも見えるようにする」


 魔術師たちは土槍の術式を展開させて、詠唱する。

 「我、在りしを許される偉大なる大地よ、その姿の一端……点にて空をき、その御大を並べよ!<テリオドリーティア土槍落涙>!」


 地面が盛り上がり、鋭い先端が現れる。

 マネコリスはそこに網で包まれた魔獣の痕跡、球体の塊を括りつけた。

 そして合図の後に、天を突くほどの高さまで、鋭い土の槍は大きく聳え立った。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る