第二十六話:ロコイサ王国悲劇の残存《二》

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 事の直後……リンロと骨のモンスター衝突が嘘だったかのようにその場が静まり返る。まるで喉元のどもとに刃を突きつけられたまま爆発に巻き込まれる寸前を一時停止した中、物音一つ立てた瞬間に再び時が動き出してしまいそうなそんな息詰まる緊張感に覆われていた────────────


 目に映るもの全てが嫌でも鮮明に認識できてしまう中で目の前に居たその形もまたリンロは認識し始めていた。  


 (というかよく見たらこの骨……今朝の骨だ……。トゥーチョのイタズラじゃなかったのか……後でトゥーチョに謝らないとだな)


 その傍ら先程の衝突をロコイサ王を抱えながら横から見ていたトゥーチョはというと、なにやら苦しそうな表情を見せロコイサ王の一辺を喉にあてがいながら。


 「あの骨……一体どっから沸いて出てきたっチョかっ! オレ様今喉渇いてたからっ、どうせ湧くなら水の方が良かったっチョッ! 湧き骨なんて考えただけで喉がやられてしまうっチョわッ!! チョガァァ~チョッフェ……フェ……ェ……あ、あの骨のせいで声出なくなっチョった」


 そしてそのトゥーチョの腕の中、今まで大抵の事では崩れる事のなかったロコイサ王の表情が一瞬崩れていた。誰もその事に気付いてはいなかったが、一瞬目を見開いてみせたその反応はどこか目の前の骨のモンスターに見覚えがあるようにも見えた。


 (あやつは……)


 彼らが臨戦態勢りんせんたいせい万全ばんぜんに身構えつつもそんな考える余裕があったのは何より、一見野性的な本能で容赦ようしゃなく襲いかかってきそうな見た目をした骨のモンスターが微動だにせず彼らの様子をうかがうような素振りを見せていたからである。

 だがこの時、その骨のモンスターもまた彼ら同様に思考をしていたのだ。

   

 (やっとじぃさん見つけたと思ったら、何だ?コイツらは)


 スッ バキバキバキバキバキバキバキバキッ


 リンロの目の前で彼に折られたはずの骨がゆっくりと地面から浮き上がり、断たれた部位へと何事もなかったかのように治まっていく。骨のモンスターはその様子を舐めるように眺めながら声を発した。


 「グゴヴァァゴ、ゴォォアラァ?(俺はこの時代の事について、そのじいさんに聞きてーだけなんだが?)ガァァググ……ゴグァグァ?(それを活き良く邪魔しに出てきてお前……そんなに俺の問いに答えたかったのか?)グァァグガァガァゴゴガ、グーガァ(じいさんより知識の浅さそーなひよっ小僧ってのが難点だが、まぁいい)。ガァァ、ゴオゥオゥグアッゴウッ(オラッ、脳味噌絞り出してさっさと答えろ一角ひよっ小僧ッ)」


 そう骨のモンスターから言葉を受けたリンロであったが──


 「…………」キョト~ン


 「…………」キョチョ~ン


 ──何の言葉も返す事もないまま、ただまじまじと物珍しそうな表情をしているだけだった。

 耐え難い空気をリンロと共にキョチョ~ン顔で生み出し支えていたトゥーチョにロコイサ王がささやき命じる。


 「ドレリミッナイの元へ身を寄せよ」


 「チョはっ! かしこまりましたっチョ!」


 ロコイサ王の声に息を吹き返したトゥーチョが覇気のある返事をし受けた命を即座に行動に移す。


 たったった


 トゥーチョが隣にやって来るとリンロはトゥーチョに対しムズムズと落ち着きのない視線を送りボソボソと声を掛けた。


 「なぁトゥーチョっ。さっきからモチャオーチさんの前でお構い無しに喋って……その度にひやひやしながらモチャオーチさんの反応を見てはで……今はまだ奇跡的に気付かれてはないみたいけど、ロコイサ王様にも言われてるだろっ? 頼むからもう少し配慮してもらえないかっ?」


 「チョア? お前は何を言ってるっチョか、オレ様が喋る事くらいダブホワはとっくに気付いているッチョよ? ここに来た時のヤツの発言聞いてなかったチョか?【「………君達だって私から逃げなければで警戒もあっただろうにっチョ……。チョかしまぁ……こんな老いチョぼれの元に駆けつけてくれて嬉しいっチョよっ、ありがとうだっチョね……」】っての!」


 (確かに姿は認識はされてた発言ではあったけど……)


 「それにロコイサ王様だって面倒な事になるのが面倒だからヤツに聞かれぬようにお声をお伏せになられているだけだっチョ。あんな骨を前にして正気を保てている時点でオレ様が喋ったとてだろッチョ」


 ばっ!


 勢い良く振り向きトゥーチョがモチャオーチに聞く。


 「そうだよっチョなぁッ!!」


 「ほわわっ!? しゃべッ!?──かッッッ!!!」


 「!!?」

 

 ポンッ! ゴッ!!


 一瞬何が起こったのか分からなかったが、その間恐ろしい速さでトゥーチョはモチャオーチの頭上やや高くからダンボールを生成し落とし彼の魂を無理矢理押し戻していた。


 「!!? 大丈夫ですかっ!モチャオーチさんっ!! おいトゥーチョ!今カッて一瞬モチャオーチさん白目なって意識飛びかけてなかったかっ!!?」


 さっきの一瞬の焦り狂った表情が嘘だったかのように澄ました顔でトゥーチョが白々しく答える。


 「…………。

 気のせいだっチョ……ったくリンロは大袈裟だっチョな……。という訳でロコイサ王様っ、このような面倒なツッコミが入るのでヤツの前ではこれまでどおりというコチョでお願い致しますッチョ」


 「…………無論」


 そう答えつつも一部始終全てを目の当たりにしていたロコイサ王の頬には冷や汗が伝っていた。


 そんなこんなを返事が返って来るまで今しがた様子を見ていた骨のモンスターであったが遂にしびれが切れる。


 「グォ……ガァゴッグォグォガ、グォグガァガグーゴォ!(おい……俺を前にして現実逃避をするのはお前らにとっては当然なんだろうが、俺は無駄な時間を作って待たされてるこの状況が心底胸糞悪しんそこむなくそわるい!)ガガガグォ、ゴォゴォガ!(今すぐ消されたくなければ、いい加減口を開け!)


 そう言葉がきつくなるも尚一向に返答しないリンロ達、それもそのはずだった。何せ骨のモンスターの言葉は初めから彼らには一言一句通じてはいなかったのだから。


 ─※只今こんな状況である※──

 【リンロ達の言葉→骨のモンスターに通じる】

 【骨のモンスターの言葉→リンロ達に通じない】


 勿論先程までのモンスターの発した言葉を含めリンロ達には全て理解できない言語ではあったが、骨のモンスターのただならぬ様子に少し違和感を感じたリンロがようやく本題に迫った。


 「なあ、さっきからあのモンスター声出すだけで何もしてこないけど……もしかして俺達に何かを伝えようとしてるんじゃないかっ?」


 リンロのその言葉を聞きトゥーチョは再度骨のモンスターを見上げる。


 「チョふぅ~ん……確かにだっチョな。ならここはオレ様に任せるっチョ。オレ様が話をつけてそれで解決だっチョ」


 (現状何もしてこない骨・この骨の言葉を理解出来ていないであろうこの場の全員・逆に言えばこっちの言葉を理解出来ていないであろう骨のモンスター……。この状況即ちオレ様のみぞ知るロコイサ王様へのアピールポイントアップアップタイムだッチョぉーーッ!!! ここで先刻の一生の不覚【ロコイサ王様への御飯ごはん忘却罪ぼうきゃくざい】を精算してみせるッチョ!! 悪いッチョがリンロっ、お先に処刑予備軍からおさらばさせてもらうッチョよ)


 少し意外だと言わんばかりにリンロが聞く。


 「えっ、トゥーチョあの骨の言葉が分かるのかっ?」

  

 対し得意げにトゥーチョが答える。


 「当たり前だろっこの身体を見ろッチョ。オレ様は人間語にんげんご人外語じんがいごのバイリンガルだっチョよ?」


 …………。でも確かに、自分の身体の事ですら正直リャンガの事はよく分からない事が多い。過去の俺からしたら現実離れしている事も今なら多分大抵の事ならうなずけてしまう。身体の変化でそういう人以外の言葉の理解に変化が出てもおかしくないのかもしれない。


 その間にも骨のモンスターのイライラは募っていく。


 (さっきからコイツら……俺を無視して何勝手にこそこそしてんだ? 今まで俺が出会ってきた弱者共はどいつもこいつも皆俺から逃げる時間を作る為だけに、俺の前に一瞬でも存在していていい理由を必死こいて探してたってのに。コイツらは立っていていい理由も持たずして何でい未だにこんな平然としていられる? 舐めているのか、いやはや───) 


 たったった 


 …………ン? 待たされた挙げ句何か一角ひよっ小僧より知識の浅そーなやつが出てきたな。


 「チョグァゴガァァっ、チョチョガァゲグゥ~ワッ!!」


 「…………」


 (ア? 急に前に出てきて何だコイツは…………一体何を言ってやが……はッ!! もしやこれがこの時代の言語なのか!?  

 だとすれば………いや……それはない筈だ。さっき後ろの一角ひよっ小僧の言葉は普通に聞き取れた)


 「グォ、ガァウォウォ(オイ、話の通じない阿呆は下がって俺に消されるまで黙って待ってろ)」


 そう骨のモンスターに鼻であらわれたトゥーチョであったが


 「…………チョうんっチョうんっ、なるほどっチョな」


 何かを理解したかのように大きく頷く素振りを見せた。その様子を見たリンロがトゥーチョに何を理解したのかと尋ねると。


 「今の何て言ってたんだ?」


 「グォ、ガァウォウォだとさっ」


 「いや……翻訳後を教えてほしいんだが?」


 「まったく仕方がないヤツだっチョな……。え~と今のはな~【あなた達皆様方でお声を合わせてアタイにグォ、ガァウォウォそう言って下されば、アタイがあなた方のペットになって差し上げますわよ~っ!】と言っていたんだっチョ」


 「…………」


 (いや文字数が確実に足りてない気がするっ!! 信じてもいいのかこれはっ?)


 「ほぉーう、こやつメスであったか」


 ロコイサ王なんか……重点視するとこにも余裕が見えるな。 


 「では始めるぞ主ら」


 「え?」


 トゥーチョの言葉を鵜呑みにしたロコイサ王のまさかの即実行発言に、思わずリンロはモチャオーチに呼び掛けていた。


 「えっ、あっ、あのっ!モチャオーチさんっ! 一緒に【グォ、ガァウォウォ】って言って頂けませんかッ!? お願いします!」


 「ほわっ……分かったよ」


 モチャオーチは戸惑いながらも了承した。


 「せーのっダッチョーの!!」


 「グォ、ガァ「グォ、ガ「グォ、「「「「グォ、ガァウォウォ」」」」


 トゥーチョの予期せぬ合図の仕方にリンロ・ロコイサ王・モチャオーチは一瞬フライングをしたがその後上手く立て直しなんとか声は揃った───が。


 ※※※骨のモンスターの言葉は文字系列・発音がちゃんとしていれば、ちゃんと骨のモンスターが理解できる言葉として通じます※※※


 【揃わない方が良かった】


 ブオォォォォッ!!!!!!!!!!


 その瞬間骨のモンスターの殺気の突風(強)をリンロ達は浴びせられ髪が大きく乱れた。


 「なぁトゥーチョ、本当にあいつの言葉理解できてるんだよな? なんか怒らせてないか?」


 「チョあっ……あーー、大事なコチョぉ~ワ~スレ~テタッチョ~~。ひれ伏しながらとも言われてたんだっチョ………礼儀を忘れるチョはまったく~オレ様とした事が、これじゃ~プロの人外語翻訳家失格だっチョな……チョはははははは…………はは」


 「気に召すなトゥーチョよ、失敗など誰にでもある事だ。さあッ!もう一度だ!! 進化した我らの才を見せる時だ!」


 (え? ロコイサ王?)

 

 その言葉にリンロが固まっていると。


 「ですがヤツがッ! ダブルホワイトコットンキャンディーが腰を抜かしてひれ伏せませんですッチョ!」


 「なら張れェッ!!」


 「……分かりましたッチョ」

 

 ポンッ!


 一人何役をしているかのような情緒不安定に見えるトゥーチョの後ろ姿に更に腰を抜かすモチャオーチの前に、ひれ伏すモチャオーチの絵が描かれた段ボールが立てられる。

 

 「もう一回いくッチョォォぉ~~!!」


 「「「「グォ!!!!、ガァウォウォ!!!!」」」」 


 ブオォォォォッ!!!!!!!!!!


 再び骨のモンスターの殺気の突風(強)をリンロ達は浴びせられ髪が大きく乱れた──────

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