第四話 気づいてしまった

Chapter9

―怜二―

「戻りましたー。」

「おー、お疲れ佐伯。直帰するかと思ってたのに。」

リズミカルにキーボードを打っていたナベさんがこちらを向く。

「まあ、そのつもりやったんやけど…出さなあかん書類あったの思い出して。」

「ふーん?」

ナベさんの口元が緩む。

「空の弁当箱、取りに戻ってきたんじゃなくて?」

手に持っていた茶封筒が滑り落ちた。

「いや、そ…それもあるけどっ。」

「仲良いよなあ、最近。」

「いいでしょ別に。」

にやにや見てくるナベさんの事は気にしないようにして自分のPCを立ち上げる…が、顔が熱い。

ちらりと視線を前に向ける。まだ三浦は外回りに出たまま帰ってきていないらしい。

「三浦ならさっき戻ってきてたよ。」

「はいッ?」

思わず声が裏返ってしまった。

「総務に用事があるとかで上のフロア行ってるけど。」

「いや俺は何も、三浦に用は」

「あ、佐伯さんお帰りなさい。」

「!」

がばっと背後を振り返る。三浦は俺と目が合うと、どうかしたんですか、と首を傾げた。

「な、何にもや、何にも…」

「あ、そうだ。佐伯さん、これ要りません?」

三浦が、手に持っていた紙切れを俺の目の前に差し出してくる。反射的に受け取り、印刷された字を目で追う。

「何やこれ、映画のタダ券?」

「はい。」

「営業先の人にでも貰ったん?」

「いえ、今さっき総務の事務の…ナントかさん、がくれて。」

「女の人?」

「はい。」

「…何て言われて貰ったん?」

「?…映画の券貰ったんだけど三浦さん見ませんか、って。」

隣で聞いていたナベさんが吹き出した。

「三浦、それくれたのって…」

ナベさんが総務イチ可愛いと評判の若い女性の名前を出すと、その人です、と三浦は頷いた。

「すごいですね渡辺さん、何で分かるんですか?」

「…三浦。」

「はい?」

「その子…たぶん、お前と二人で見に行きたくて、券渡したんやと思うで。」

呆れながら教えてやったが三浦はきょとん、とするばかりで、ナベさんはますますツボにはまったのかずっと笑っている。

「え、そうなんですか?どうしよう、二枚とも貰ってきちゃいました。」

「知らんわ、もう。ほんまに天然やなあ。」

「だって、くれるから…」

「二枚用意したから一緒に行きましょう、て意味やわ。」

「まじかー…」

困り顔になったのは一瞬で、三浦はすぐに、いいことを思いついたとばかりに顔を上げた。

「じゃあ佐伯さん、今から行きましょう。」

「は?どこに。」

「これ、一緒に見に。」

三浦が、俺の手にある映画の券を指さす。

「今から??何で俺と??」

「だって、ずっと持っていたら気まずいじゃないですか。すぐ使っちゃいましょう!」

「何やそれ、ちょお俺まだ仕事しようと…」

「いいじゃん、行って来いよ佐伯。」

「何やの、ナベさんまで。」

「どうせ今すぐやらなきゃいけない書類じゃないんだろ?」

ナベさんは勝手に俺のデスクのマウスを奪うと、立ち上げたばかりのPCをシャットダウンしてしまった。

「ナベさん!」

「行きましょうよ、佐伯さん。」

「お前なあ~…」

もはや怒る気力もなくし、諦めて荷物をまとめた。見抜かれているのが悔しいが、外回りから直帰しなかったのは弁当箱を忘れたからというだけである。

慌てて自分のデスク周りを片付け始めた三浦を後目に、手に握ったままの映画の券を見つめる。

何でこんな事に…まあ、いいか。

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