晶の意見に対する波の妄想とその棄却

 あきら君が語った真相が、私──なみの脳味噌をミキサーのように回転させていた。


 あまりにも蜘蛛くも蜥蜴とかげかもしれない)が嫌いなためにその文字まで嫌いになってしまった書店員。新刊のポップを書くために持っていたマジックペンが、非情にも、本を汚してしまった。


 そこまで納得して、私は思ったのだ。


「蜘蛛や蜥蜴の文字が嫌いと解っていて、わざわざ書店の店員になろうとするかな?」


 晶君が絶句していた。


「それに書店には、昆虫や爬虫類の図鑑だってある。表紙に写真いっぱい本だ。書店員は、そういう本にも触れないといけない。蜘蛛や蜥蜴の恐怖症の人がそういう可能性に気付けていないのは不自然だよ。

 でも、晶君の推理は概ね合っていると思う。店員を襲った恐怖は、書店にあるとは予測できないものだった。

 集合体恐怖症トライポフォビア。それも特別な、丸の集合体だけが対象の集合体恐怖症。だって、彼の恐怖症は本の集合体には反応しなかった」

「丸の集合体だけ……」

「本の正体は、早坂吝『〇〇〇〇〇〇〇〇殺人事件』タイトル当ての小説があるなんて、誰も予測できないよ。店員は連続する丸が怖くて、塗り潰してしまった。本の正体は、これに違いないんだ……」

「だ、大丈夫?」


 晶君が心配そうに顔を覗き込んでいる。


「あ、ごめん。なんか私、おかしくなってた」

「うん……気にしないけど」


 私と彼の間で、気まずい空気が流れていた。それを吹き飛ばすように、大きな袋を持って、なぎがアパレルショップから出てきた。


「お二人さん? なんかありました?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る