第22話 レオナルドの目的
隠し通路の出入り口の引き戸を開けたそこにいたのは魔物ではなく、何とあのドライフルーツを売っていた男、ドルアドだった。
「あんた、何でここに……!?」
レイトはさすがに予想しておらず、大きな声を上げてしまう。
地下倉庫に当たるこの場所にはたくさんの木箱や樽が置かれているが、それらは最初に来た時と一ミリも動かされていない。それなのに、ドルアドの周囲には獅子に似た四足歩行の魔物の死体が二体横たわっている。
恐らくドルアドが倒したのだろうが、この狭い倉庫の中で、木箱や樽を倒したり壊したりせずに倒せるものなのだろうか。
「久しぶりだな。待ってたぞ」
ドルアドは小さめの声で話しかけてきた。
「待ってたって……いや、そんなことより、あんた、一体何者なんだ!? 何でここにいることができるんだよ!」
レイトは警戒を露わにして叫ぶ。
ドルアドが余裕の表情でここにいるということは、初めからここに来ることが目的で、城内では無駄な騒ぎを起こしていない、ということだ。まるで、レイト達がここから現れることを知っていたかのような。
「あまり大きな声を出すんじゃない。……詳しいことは省くが、オレは少し先の未来を見ることができる先見の力を持っているんだ」
「……!」
ドルアドの言葉を聞いて、レイトは瞬時に冷静さを取り戻した。
それなら理解できるし、納得できる。
つまりドルアドはレイト達がネスヴェルディズナの王都を脱出した時から、こうなることをわかっていたのだ。実際クレアとマリーにも初めから知っていたかのような口ぶりで話している。
恐らくフェリオ達が出会ったという厄介な女魔法使いもドルアドが手引きしたのだろう。それらの準備を整えた後、頃合いを見てこの地下倉庫に来ればいい。
「どうやら納得してくれたようだね」
レイトが警戒を解いたからか、ドルアドはほっとしたような表情を浮かべた。
「まあな。さすがに驚いたがな……」
レイトは肩をすくめて答えた。他の仲間達はまだ理解しきれていないようだが、今はここに長く留まるわけにはいかない。謁見の間への道すがら、話すとしよう。
★ ★ ★
予想していた通り、ここにあの男はいた。謁見の間の奥、階段を何段か上った先の玉座にレオナルドは座っていた。待ちくたびれた様子を微塵も見せず、笑顔を浮かべて座っている。
レオナルドはレイト達の姿を認めると、笑みを一層深くし、立ち上がった。邪悪な笑みであることは間違いないのに、人懐こい笑顔のようにも見えるのは、彼の容姿のせいなのか。
「待ってたよ」
待ち合わせに何時間も遅れて現れた恋人を慈しむような話し方をするレオナルドに、レイトは嫌悪感を覚えた。
ハウエルが一体どんな気持ちで王都を後にしたと思っているのか。
この男だけは許さない。どんな理由があろうと許さない。
「そこから降りてこい」
レイトは自分でも信じられないほど低い声が出た。呪いの効果が乗っている自覚はあったが気にしなかった。
レオナルドは恍惚とした表情で玉座から降りてきた。だが、呪いの影響は受けていない。目がはっきりとした意思を持ってレイトを捉えている。
レイトはベレー帽を静かに脱ぐと、上着の内ポケットに入れた。竪琴もクレアに預ける。
「僕が憎くて憎くて堪らないって顔だね」
「そうだな……。テメェだけは絶対に許さない……」
レイトは剣を抜いた。
「そう……。じゃあ、僕を殺してみなよ!」
レオナルドは一気に声を張り上げると同時に剣を抜いた。レイトと同じ左利きだ。
レオナルドは剣を構えて突撃してきた。その顔は狂気に満ちている。レイトも剣を構え、走り出す。
金属同士がぶつかる嫌な音が響く。決して筋肉質とは言えないレオナルドの一撃は、その体格に似合わず、とても重い。純粋な力比べでは負ける、とレイトは思った。
さらにレオナルドは戦い慣れているのか、こちらの攻撃を全て躱し、余裕の表情で反撃を繰り出してくる。
「ほらほらどうしたの!? 僕を殺したいんでしょ!?」
「ぐっ……!」
レオナルドは剣を大きく振りかぶり、力任せに振り下ろした。一際大きな金属音が響き渡る。
彼の剣を受け止めたせいで、両手が痺れる。
「レイトさん!」
「邪魔するなぁ!」
クレアが見かねて魔力を放出しかけたが、レオナルドはそれに気づいた途端、鬼のような形相で叫んだ。
「お前っ……! オレに拘って、何が目的なんだよ!?」
レイトはやっとの思いでレオナルドの剣を弾き返す。
「………」
レオナルドは少し距離を取った後、無言でレイトを睨みつけた。いや、睨むというよりもじっと見つめている。
この時レイトは思った。彼は自分達に対する憎しみの感情を持っているのだろうか、と。
よくよく考えれば、彼はこちらの憎しみを煽るような言動ばかりだ。まるで──。
「……さあね」
その言葉の直後、レオナルドの姿が消えた。
「っ……!?」
気づいた時にはレオナルドはレイトの目の前に迫っていた。
咄嗟に剣を振り上げようとしたが、弾かれ飛ばされてしまう。そのまま左腕を斬りつけられてしまった。
「ぐぁっ……!」
レイトは小さく呻き、左腕を右手で押さえてその場に蹲った。
「レイト様!」
ヒスイが真っ先に駆け寄り、抱き起こしてくれるが、レイトは答えている余裕はない。レオナルドに斬りつけられたところが燃えてしまいそうなほど熱を持っている。何か毒でも塗ってあるのだろうか。
ヒスイが回復魔法をかけてくれているのがわかるが、あまり効果が実感できない。
「くっ……!」
クレアはレイトを庇うように前に立ち、右手を前へ突き出した。風が複数の横向きの竜巻きとなってレオナルドに襲いかかった。
天井の豪華な装飾灯や壁にかけられている絵画などが横向きの竜巻きに巻き込まれ、凶器となってレオナルドに襲いかかる。
「こんな物で僕を殺せると思ってんの!」
襲いくる嵐のせいで、体の自由などきかないはずなのに、レオナルドは平気な顔で剣を振るい、装飾灯や絵画を弾き飛ばしている。
「思ってませんよ!」
クレアは次に左手を大きく右から左へ薙ぎ払った。それだけで嵐は風向きを変え、水平に動いた。方角からしてちょうど西向きだ。
「っ……!?」
突然風向きが変わったことにレオナルドは思考がついていかなかったのか、体を攫われ、窓に激突した。床から天井まで一面の窓ガラスがレオナルドの体重を受け止められるわけもなく、大きな音を立てて割れた。
そのまま落下すればまず助からない。ここは三階だ。だがレオナルドは落ちることなく、謁見の間と同じ高さに浮いていたのだ。ガラスの破片だけが下へ落ちていく。浮遊魔法はかなり高度な魔法のはずなのだが。
「王都を覆い尽くすほどの魔物を使役できるんだ。一筋縄じゃいかないだろう……」
レイトはようやく痛みが引き、話せるくらいにはなった。傷は既にヒスイの回復魔法によって治っているのだが、痛みがなかなか引いてくれない。今もまだ完全に無くなったわけではないのだ。
ヒスイはまだ回復魔法をかけようとするが、レイトは彼女の手に触れてやんわりと制した。
「フフ……。この程度で僕を殺せると思ったの?」
レオナルドは宙に浮いたまま、低い声で呟いた。口では笑っているのに、声が恐ろしい程邪悪に満ちている。
「思ってねぇよ。だからさっさと戻ってこい。第二ラウンドといこうじゃねぇか!」
レイトは弾き飛ばされた剣を拾うと、真っ直ぐレオナルドに突きつけた。左腕がまだ少し痛かったが、無視した。今ここで決着をつけなければ、勝機は二度とこない。レオナルドが自分達を侮っている今ではないと勝てない。レイトは直感でそう思った。
「いいよ。できるものならやってみなよ! 世界に存在するありとあらゆる闇の力を司る、闇の精霊の加護を受けたこの僕をね!」
レオナルドは空中で両腕を広げた。黒い霧のような物が彼の体から溢れ出す。瘴気のようにも見えるが、特有の有害さは感じられない。
レイトはそれが不気味だった。あそこまで邪悪に満ちた声を出す人間が、邪悪な力を持っていないはずがない。まして神聖ささえ感じる力を持っているはずがない。
だが確かにレオナルドの力からは神聖な気配を感じたのだ。
黒い力を放出させた後、レオナルドは謁見の間へは戻らず、城下町へと降りて行った。
「……降りて行ったな」
ドルアドがレイトの隣まで歩いて来て言った。何か考えているような口ぶりだ。
「……何か思うところがあるのか?」
「いや……城下町だと、クレアが使うような大きな魔法は使えないな、と思ってな……」
ドルアドはレイトのほうを向き、肩を竦めて答えた。レイトはその仕種で何か隠していると思ったが、追及はやめておいた。
恐らく先見の力でも働いたのだろう。謁見の間へ向かう途中彼から聞いたが、先見の力は直感で閃くように頭に映像が流れるのだそうだ。
「確かにそうだな。でも降りるしかねぇだろ。……クレア、行けるか?」
「はい」
レイトはドルアドに答えた後、一呼吸間を置いてクレアに問いかけた。
クレアは頷き、他の者達に自分の近くに来るように呼びかけた。
クレアの魔力で作られた風の結界が全員を包み込む。その少し後、全員の体が宙に浮いた。
風の結界によって、割れた窓からゆっくりと外に移動する。
レイトは思わず唾を飲み込んだ。落ちてしまうのでは、という恐怖からではない。ネスヴェルディズナの王都は何度か来たことがあるが、こんなに広かったのか、と改めて実感したからだ。
「レイト殿、あそこの公園に……!」
ハウエルが指をさした先にレオナルドの姿があった。住宅街からほど近い公園だ。それなりに広いが、やはり大きな魔法は使うわけにはいかない。
レイトはクレアに顔を向けた。クレアが無言で頷く。
次こそ決着をつける。そこでこんな大事件を起こした本当の理由を問いただす。必ず何かあるはずだ。魔物の食料問題以外の何かが──。
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