神の遊び

 

 私は天体の動きを司っている神だ。人間が定義する神の範疇で構わない。宇宙空間に浮いて漂っている。

 私は主に地球の地軸を傾けて、太陽の周りをくるくる回らせる。月も回す。星も回す。雷を落とすこともある。

 それらの仕事は決まり切っており、刺激のない時を過ごしていた。

 神には人間の時間の概念がなく、思索に耽っているうちに、新大陸が誕生していたこともある。思索というが大それたものではなく、暇つぶしである。


 代り映えのない時だったが、ここウン百万年は人間の誕生で、格好の暇つぶしを見つけた。

 人間を観察するのも十分に面白いが、ちょっかいを出したくなる瞬間がある。火の周りに集っている人間が、月を間抜け面で見上げていた時、私にちょいと悪戯心が芽生えた。

 私は間抜け面の彼らの前で、月を消してみせた。いわゆる月食だ。

 人間たちは月明かりが消えて、錯乱した。頭を抱える者。祈る者。子どもを抱きかかえる者。なんとも愉快であった。

 しょっちゅう月を消していては、お目付け役の神に怒られる。私は決まった間隔を空けて、月を消すことにした。それと星の命を気まぐれに終わらせたり、新たな星を生み出したりした。

 人間たちは数百万年の間、天体の異変に恐怖し慄いていた。なかなか痛快であった。


 ところがここ二百年ほど、人間は天体の異変に驚かなくなった。長い筒を覗き、欠けている月を眺めている。これまで恐怖していたのに、楽しげだ。オスとメスで親密にしている人間たちもいる。

 私の数少ない楽しみが減ってしまう。存在している張り合いがない。私は原因を探りに、地上へ降りた。

 最初に出会った若いオスに、月食のことを尋ねた。私は自動的に、初老のオスとして認識される。

若いオスは太陽の陰に隠れるから、月は欠けるのだと言う。私が起こしていた現象が、人間の学者に理屈をつけられたようだった。甚だ遺憾である。

「一種のアートですよ」

 若いオスはにこやかに微笑む。

 ふむ。アートとは何なのか。まさか私の悪戯と通ずる高次元の行いを、人間がしているというのか。私はそれから、アートについて調べた。

 油絵、浮世絵、サンドアート、プロジェクションマッピング。地上の有名な美術館を巡り、数々の絵を見た。


 私は“負け”を感じた。悔しいことに、表現の仕方は検討がつかなかった。一体どの星を降らせて、月をどう欠けさせれば、よいのだろうか。

 私は感心するとともに、強い焦燥を感じた。これでは人間を驚かせられない!

 私は天上に戻って、知恵を絞った。地上に行ってばかりで、お目付け役の神にお小言をもらったが、大したことではない。地軸の角度は保ったし、一定の周期で流星群を降らせた。与えられた仕事はしたのである。

 東国の島国に、オーロラを下ろした。しかも禍々しい赤色にした。ところが、人間たちはこぞって歓声を上げて、熱心な輩はオーロラが観測できる地点まで移動した。

 月を赤く染めて、同時に太陽も欠けさせてみた。すると日中にスーツを着ていた人間たちも、屋上で空を見上げる始末。

 私が求めていた反応はこれではない! 人間が恐れ慄き、畏怖する様が見たいのだ!

 私はさらに試行錯誤を重ねた。見様見真似で、月面に人間のメスの似顔絵を描いた。学者どもがそれっぽい理屈と用語で片づけた。

 そもそも私はアートのやり方を知らない。

 地上に降りて、才に溢れた人間を師匠と仰ぐか? いや、そんなのは私のプライドが許さない。

 私が思い悩んでいるうちに、人間の服装が変わった。皆、銀色で流線形の服を着ている。

 たかが数百年で私は参ってしまった。もう何もかもどうでもよくなった。筆を投げ出して、ナイフでキャンバスをめためたに切り裂くように、私は捨て鉢になって、月を降らせて地球に堕とすことにした。

 予定より千年早いけれども、何も生み出せないなら、全て壊してしまえばいいのだ。

 月を猛スピードで堕としていると、なにやら視界に違和感がある。私は目を凝らす。地球の大気圏で円盤が航行していた。不定期に見たことがある。私の管轄とは異なる銀河系の異星人の乗り物だ。

 あ、と思う間もなく、月は円盤に衝突した。円盤は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 そして、月となんらかの燃料が引火して、緑の眩い光を放った。緑、赤、青の順で強い光線を放ち、雷として落ちた。西洋の無人島を三角に切り取り、炎上させた。

 人間たちはこの現象に理屈をつけようと、必死になっている。

 私は円盤と共に飛散した月の代わりに、新しい月を造った。大きさも質感もそっくりそのまま、作り替えた。月の破片の一部は再利用した。私のやけっぱちで、人間の驚く反応が見られないのは、やはり勿体ないし。

 管轄外の事象に干渉することは、担当の惑星が侵略されようとも、原則禁止されている。大人しくしていることとしよう。月の『模造』に人間が気づくまで、しばし楽しむこととする。

 次は太陽を南極の氷で凍りつかせるのも一興だろうか。時は無限にあるのだから、焦らずにアイデアを練ろう。

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短編置き場 鶴川ユウ @izuminuma

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