最強集結編—バジリスク討伐4


 リィルがパイトスの元を訪ねている一方で、エンドは目的地である地下五十階に到達していた。危なげもなく潜っているが、冒険者の中でも単独でここまで進めるのは一握りの中の一握りだ。実際、彼と地下五十階に来るまでですれ違った人数は一人としていない。

 これで少なくとも聖神国のレベルは測れた。このダンジョンの怪物共はお世辞にも強いと言えない。そのくせ冒険者の九割以上は苦戦を強いられるという。


 ————弱いな。


 そう思うと同時、止めていた足を進める。


「ようやくだな……」


 侵入者を感知した五十階が激震する。どういった仕組みなのかは知らないが、相当な揺れだ。さすがに尻餅をつくような失態は晒さないがそこいらの成人男性くらいなら簡単に倒れてしまいそうだった。


 ピキッ ピキッ


 やがて壁に小指程度のヒビが入ると少しずつ、少しずつ、ヒビが広がっていく。


「ギャァァァアアア!!」


 崩壊した壁を吹き飛ばしながら葉っぱ色の大蛇が降り立った。頭部には大きな王冠が被せられ、それに違和感を抱かない程度には威厳がある。


 間違いない。コイツが、


「バジリスクか」

「ギィャア……!」


 甲高い鳴き声が耳に残る。ヤツは威嚇でもしているつもりなのか大きく口を開いて牙から滴る毒を見せびらかす。


 ————騒がしいミミズ如きがオレに牙を向けるか。


「来い、〈炎の剣レーヴァテイン〉」


 唱えたのは大魔法の一種。その中でも簡単な術式のわりに強力でエンドのいた世界では人気があった。

 その代わり〈炎の剣レーヴァテイン〉の威力は術者の力量によって大きく左右される。が、今回に関してはそれでよかった。あまり強い魔法を使えばバジリスクの死体すら残さずに消し炭にしてしまうかもしれない。

 細かく威力を調節可能が故の〈炎の剣レーヴァテイン〉だった。


「ギィィ……!!」


 炎剣を瞳に照らしたバジリスクが防御の体勢に移った。紐のように体を細長くして丸く収まっている。

 確かにエンドがダンジョンで出会ってきた怪物に比べれば目前のバジリスクは強かった。しかしそれでも足りない。


 特に、ルシファーと戦ったばかりのエンドは一層にそう感じる。


「珍妙な生態は理解した。もう良い、余興には十分だ。——潔く死ね」

「——ギッ!?」


 炎剣を掲げる大ぶりの構えでエンドは振り下ろした。本人にしてみれば柔らかな一撃だが、バジリスクにすればさながら炎の巨人に押し潰されようとされているような感覚と相違ない。

 ダンジョンでも一定数しかいない確たる意志を持つ一匹の怪物は、走馬灯の世界で今までの記憶を漁り始めた。初めて見たのは煌びやかな装備を見に纏い、世界中の富豪が集めそうな美しい剣を携えた数人の人間。彼らに襲われたバジリスクは難なくそれを殺し、食す。部屋から出ることも叶わずにただただ得物を向けてくる相手を殺し続けた。

 来る日も来る日も同じ日常。退屈な相手ばかりで、この先もずっと続くと思っていた生き地獄。


 しかしその認識はたった一人の男に覆された。


「ギャ……ギィィ……」


 暗くなる意識の中、そこで初めてバジリスクは己が死の淵にいるのだと気づく。けれども後悔はなかった。

 もとよりあの男が自身よりも数段、いや……言葉では言い表せないほど強いのは分かっていた。無駄な警戒も無意識だった。それでも挑んだのは、怪物の闘争心とこの退屈な絶望の日々を終わらせてくれるかもという雀の涙程度の期待からだ。

 そしてやはり、己の判断は正しかったのだ。


 美しい緑の鱗も今は煙を立てながら黒く焦げている。それを見ながら毒蛇の王は目を細めた——自分の鱗はこんなにも汚れていたのだろうか?


「————」


 元凶たる男を前にしてバジリスクは最期を悟ると静かに瞼を閉じたのだった。

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