帰省

 ほぼ全ての科目で再試験を受け、どうにか全員と同じ日付に帰省することが叶った。


 終業式に合わせて行われたパーティは盛大に行われた。毎学期末に行われるパーティはミリセントが好きな行事の一つだ。

 古びた学園はキラキラと輝く星のオーナメントで飾り付けされ、見違えるように美しくなる。目を引く様々な料理の香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。

 ミリセントは春学期起こったことに思いを馳せながら、友人と時間を忘れて駄弁った。

 はしゃぎすぎたミリセントが眠りについたのは、空が明るくなり始めてからだった。



 あくびをしながら上体を起こし、伸びをする。

 視線をシャルルに向けると、彼女はちょうど支度をしているところだった。

 杖を軽く振り、部屋中の荷物がふわふわと飛ぶ。それらは彼女の杖の動きに合わせて、トランクの中に丁寧に納められていく。教科書、小さな本や羽ペンなどが宙を舞う。


 のんびりとそれを見ていると、シャルルがこちらの視線に気付いた。柔らかく笑いかける。


「おはよ、ミリセント。」


「おはよ〜、私も支度しなきゃ。」


 目を擦りながらベッドからどうにか抜け出す。

 終業式を終え、午前中に全員が退寮することで春学期は終わりを迎える。実際、ミリセントはそれがあまり嬉しくなかった。


 空っぽになっているトランクをベッドの下から引っ張り出し、机の上に広げられたままの教科書やお菓子などを適当に投げ込む。重たい教科書を手動で運ぶのは少し骨が折れた。

 最後に鞘に収めた杖を放り込み、苦戦しながらもどうにか全て詰め込む。無理やり鍵を閉めると、疲労感と達成感に襲われた。

 その場に座り込み、やりきったと言わんばかりに力無く両手を上げる。


 シャルルはとうに支度を終え、あとはミリセントを待つのみだった。

 椅子に腰掛け、穏やかに笑っている。

 ミリセントはトランクの取手をとり、勢いよく立ちあがる。想像以上の重量に腕が抜けるような思いをする。一度手を話し、今度は力をこめてトランクを持ち上げた。


「行こう、シャルル。」


「うん。」




 荷造りが終わったトランクを学校に渡し、シャルルと校門へ向かう。

 多くの生徒は遠方から来ているため、列車やペガサスが牽引する羽馬車に乗って帰省する。が、二人の家はそこまで遠くないため、箒に乗って帰ることにした。


 どれだけ喋っても、帰る気にはなかなかなれなかった。

 小さくなっていく羽馬車の姿を二人で眺め、他愛もない話をした。毎日飽きるほど話しているのに、それでも話は続いた。


「…いつでも、私の家に来ていいからね。」


「…うん、ありがとう。」


 その言葉に、小さく頷く。

 そろそろ時計は12時を指す。帰らなければいけないことはわかっていたが、それでも足は動かなかった。


「あれー、二人ともまだいたんだ。」


 背後から聞こえた声に揃って振り返る。人懐っこい笑みを浮かべる青年がそこには立っていた。


「ルーク!」


「やー、もう俺らだけかと思ってた。」


 にゃははと軽く笑い飛ばす。彼の言う通り、ほとんどの生徒は既に退寮している。

 また話したいことが増えてしまった。数人の男子と一緒にいたが、彼らは先に羽馬車に乗り込むことにした。ルークは別れを告げ、その場に残る。少し時計を気にしつつ、再び駄弁ることにした。


「そういえばさ、この間の実践魔法学、ルークも救済措置受けてたよね?」


「あー、受けてたよ。」


「やっぱ落第してたんだー?」


 にやにやと笑いながらそう尋ねると、ルークはあっさりと否定した。


「んー?いや、加点欲しくてさ。」


「…え?」


 固まるミリセントに、シャルルは申し訳なさそうに声をかける。


「ルークくん、すごい成績良かったよ…。」


「そんなことないって。シャルルちゃんこそ、学年一位だったじゃん。」


 同類だと思っていた人間が格上だった時ほど打ちのめされることはない。内心かなりショックを受けながら、多少勉強するべきかと落ち込む。


「こら、もう12時回ってるよ……なんだ、君たちかぁ。」


「わ、先生!」


 再度背後から声をかけられ、驚く。すぐさま振り向くと次はロランが立っていた。見回りに来ていたのか、少し髪が乱れている。


「まじか、列車来ちゃうし俺もう行くね。」


「う、うん。また秋学期に会おうね。」

「じゃあね〜。」


「うん、じゃあね〜。」 


 ロランの言葉にルークは時計を一瞥し、慌てて荷物を掴む。二人に手を振り、ロランに軽く会釈をすると、列車の待つ駅へと走っていった。

 手を振り、その後ろ姿を見送る。別れの時間が近づいてきているのを、嫌でも感じてしまう。


「…じゃあ、私も帰ろうかな。」


「うん、たまには遊んでよ?」


「もちろん!」


 ひとしきり笑い合うと、シャルルは寂しそうに箒をつかむ。


「…ロラン先生、春学期の間ありがとうございました。…秋学期も、よろしくお願いします。」


「こちらこそ。勉強がんばってね。」


「ミリセント、寂しかったらいつでもきていいから!」


「ちょ、言われなくても行くんだけど!!」


 それじゃあ、と手を振るとシャルルは箒に乗り空へと舞い上がる。

 ゆっくりと、おぼつかない様子だが確実にその姿は小さくなっていった。


「先生は帰らないんですか?」


 ミリセントがそういうと、ロランは肩をすくめた。


「まずは生徒の退寮を確認しないといけないんだよねぇ。」


「…早く帰れってことですか?」


「ま、まあまあ。いろいろ仕事が残ってるからさ。」


 ミリセントは渋々箒をつかむ。


「…私も帰ります。」


「うん、良い休暇を。」


 ようやく諦めがつき、箒に跨る。地面を軽く蹴り、空へ舞い上がる。風に乗り、徐々に高度を上げていく。

 ちらりと下を見ると、ロランはミリセントに手を振った。ミリセントはそれに応えるように振り返す。


 エストレルの古城のような校舎を超え、一度校舎のとんがり屋根に足をかけて蹴る。ふわりと箒が上を向き、再度高度を上げる。


 眼下に映る景色はミニチュアのように小さくなり、遠くの空に羽馬車が見える。陽が高くなり、雲の少ない美しい青空へその姿が飲み込まれていく。

 煉瓦造りの美しい街並みへとペガサスを走らせ、街へ降りていく姿を微かに捉える。

それぞれ家族の待つ家へ向かっているのだろう、さまざまな方向へ飛んでいく。


 ミリセントは憂鬱だった。心地よい日差しも、少し肌寒いくらいの肌を撫でる風も、真新しい箒の感覚も、気持ちを和らげてくれない。


 美しい街並みに背を向け、ミリセントは新緑豊かな森の向こうへと箒を走らせた。

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【一章完結】出来損ない魔法使いの悪あがき〜死んだら時間が戻っていたので、有り余る魔力と記憶を頼りに今度こそハッピーエンドを目指そうと思います〜 朝辻鯨 @kei_asatsuji

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