お誘い
シャルルは一足先に部屋に戻り、ミリセントは中庭を散歩することにした。もちろん、用があったから。
薄暗い中庭には多くの植物が生育しており、人の背丈を超えるほどの常緑樹の中にさまざまな黄色い花が目を引く。アエリエルでは星が非常に重要な存在とされ、金、もしくは黄色が吉兆の色とされている。その影響で、エストレルの敷地内に咲く花は黄色のものが多い。
時間帯が遅かったからか、誰もいなかった。ミリセントはベンチに腰掛け、斜め上を滑空するステルラフィアに視線をやる。
「もう何も起きないんじゃなかったのぉ?」
「えー、たまには出てきたほうがいいんじゃないかなーって。」
影から出てきて動くステルラフィアの姿を久しぶりに見た気がする。依然態度は冷たいが、あちこち飛び回っている姿は楽しんでいるように見えた。
「ま、気にするほどじゃないんだけど…気になることがあるっていうか?一人だとどうにもならないっていうか?」
「やっぱりあるんじゃん…。何?」
背の低い木にとまり、面倒臭そうに話を聞く。ミリセントはここ最近あったこと、ウーズレーについて話した。
「…要するに、気に食わない先生がいるってこと?それとノクスと、何の関係があるの?」
「そ、そうなるよね〜〜〜…まあ、半分愚痴なんだけどさ…。」
「どうするもなにも、上手くスルーするしかないんじゃない?」
予想通りの返答にミリセントはため息をつくしかなかった。どうにも気に食わない。ベンチの背もたれに深くもたれかかる。少し古びた木製の背もたれがぎしりと音を立てた。
それか、とステルラフィアは言葉を続ける。
「ミリセントはそいつのこと、未来のことまで知ってるんでしょ?汚職とかしてないの?」
「汚職ぅ!?」
「不祥事見つけられたら、追い出せるんじゃない?どうしても嫌ならね。」
何をバカな、と笑い飛ばそうとするが合理的ではある。背もたれに体を預け、仰け反ったままミリセントは思案した。
(…先生、私が2年生の時に他の学校に行ったんだっけ…なんかあったのかな?)
「うーん、あるかも!先生、2年の時に他の学校に移ってた…これって「させん」じゃない?」
元気を取り戻したミリセントとは対照的に、ステルラフィアは明らかに蔑んだ目をしていた。
「違うと思うけど…。」
「とにかく、調べてみなきゃわかんないじゃん!ナイスアイディア〜!」
ステルラフィアは反論する気を無くしたのか、バサバサと羽ばたきミリセントの影の中へ消えた。それを合図に、ミリセントはベンチから体を起こし、跳ねるように寮へと戻った。
「おかえり〜、どこいってたの?」
「ただいま、中庭散歩してた!」
いいなぁ、とシャルルは羨ましがり、一度ペンを止めた。大きく伸びをすると息を吐く。どうやら今の今まで勉強していたようだ。書き込みで埋め尽くされた教科書とノートで、机の上はいっぱいだった。
「わぁ、えらい…。」
「えへへ…あともう少しでキリがいいんだけど…疲れちゃった。」
舌を出す彼女と笑い合う。ミリセントはふと思い出し、持ってきたお菓子の袋を開け、シャルルに差し出した。甘い砂糖とナッツの香りが室内に漂う。
「わぁ、いいの?ありがとう!」
「どーぞ!私も食べたかったんだぁ〜。」
シャルルは嬉しそうにお菓子を頬張る。しっかりとしたナッツの風味と塩気に粒の粗い砂糖がよく合う。
しばらく雑談をしているうちに、シャルルがあっ、と小さな声を上げた。
「大変…約束があったのに忘れてた…。」
「なんの約束?」
砂糖のついた指をなめながら、ばたばたと慌てて机を漁るシャルルを見つめる。
「わかんないんだけど…今日、夕食後に来てくれって言われて…。」
「??どういうこと?」
はっきりしないシャルルに、ミリセントは質問を重ねる。シャルル自身も焦ると困惑を滲ませていた。
「うーんと…お昼に図書室で勉強してたら、2年生?の人がきて…とにかく来てくれって言うだけ言って行っちゃったの。私もよくわからなくて…。」
「ふーん…知ってる人?」
「ううん、ちっとも。」
要領を得ない解答に、不安を覚える。要件も言わずに呼び出す意図がわからなかった。ちらりとシャルルの机に目をやると、まだ手がつけられていないであろう教科書が数冊積まれていた。
「ね、シャルルが嫌じゃなければ私が行ってこようか?まだ課題終わってないみたいだし…。」
その言葉に、シャルルは一瞬ぱっと表情を明るくするが、再び影を落とした。
「で、でも…ミリセントに悪いし…相手の人にも…。」
「私はいいって。知らない人なんでしょ?急用だったらその場で言ってただろうし、試験近いから時間も取れないし…。」
半ば強引に攻めると、シャルルはあっさりと折れた。本人もあまり乗り気ではなかったらしい。
「…ごめん。じゃあ、お願いしちゃおうかな?」
「おっけー!任せて!!」
ばたばたと上着を羽織り、ローファーに無理やり踵を押し込む。その様子を見ていたシャルルがふと、口を開く。
「…ミリセント、課題、明日締め切りだけど大丈夫?」
心配そうな声が後ろから聞こえる。もちろん大丈夫なはずはない。前日にどうにかするつもりでいたのだから。
「……い、いってきまーす。」
逃げるように扉を開け、自室から出ていった。
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