第7話 幼少期④

「とうとうこの時が来てしまったよ」


毎朝のニュースチャンネルくらい当たり前に話しかけてくるケイン。

アンソニーとヘレナは面倒くさそうに両目を薄めにし「もったいつけず要件を言え」の顔。


やはり兄妹、似ている。

そっくりだ。それとも妹が兄の真似をしているだけか。


ケインは風情もへったくれもないと呆れて肩をすくめる。


「僕らの中での犠牲者さ、言ってあったろ?ここで投与されている薬はもしかしたら未知のウイルスかもしれないって」


「その最初の犠牲者がお前じゃなくて残念だ」


「ははん、冗談(ジョーク)でも友人に言うセリフじゃないよアンソニー。これはホラーだ、パンデミック的な凶悪事件の香りがする」


「俺からしたらこんなに拒絶してるのに友人判定してくるテメェがホラーなんだが」


大笑いしてアンソニーの肩を強めに叩くケイン。

話が通じないと言うか、聞き入れてくれないと言うか。とにかくケインは強引な少年だ。

大人になったら人たらしになっているに違いない。


「ユアンだ。ユアンがいなくなった」


「誰だソイツ」


「本当に君ってやつは、他人に興味がないのか妹にしか興味がないのか。子供は全員薬を投与されているが、具合が悪くなるのは3割だ。その中でも一番重症だったユアンが今朝からいなくなった」


「…………死んじゃったの?」


アンソニーの後ろに隠れているヘレナが震えた声で問いかける。

自分達も薬を投与され続けているのだ、当然不安にもなる。そんなことにも気が付かないのかと兄であるアンソニーは軽薄なケインを睨みつけた。


「いやぁ、そうとも言い切れないさ」


(ほぼ言い切ってたろ)


困ったようにケインは微笑んだ。

それからヘレナに聞こえないように耳打ち。


「ここからが相談なんだけど、ユアンが今どこでなにをしているのか一緒に確かめに行かないかい?」


「なんで俺が……」


「おそらくユアンは僕達の行く末さ、知っておいて損はないじゃないかな。ヘレナちゃんにとってもさ」


「……まあ、そうだな」


妹のため、そんなふうに言われたら嫌いな奴の頼みでも断れないのであった。



●



施設内の子供達が寝静まった夜。

アンソニーはヘレナを起こさないようにベッドから抜け出し、電気の付いていない廊下を歩いていく。

遊び場に人影をふたつ見つけ、警戒しながら歩み寄る。


「誰だソイツ」


にやけ面のケインの隣にはマスクを着用したアジア系の少年。マスク着用しているのは薬投与で症状が出てる組である。


アンソニーが睨みを効かせるが無言しか帰ってこない。


「彼はタケル・クロネ。純日本人。母国の言語しかわからないそうだから手振りで会話してくれ。日本組じゃ、リンコしか英語は使えないよ」


「面倒くせぇ」


右手を挙げて挨拶すると、コクリと小さく返された。マスクで顔がほとんど隠れているせいか国籍のせいか忍者みたいな奴だと思う。


「それで、このジャップと消えた子供がなんか関係でもあるのか?それとも別の理由が」


「アンソニー。いくら言葉がわからないとしても相手に対しての礼儀というものがあるだろう」


困ったように笑うケイン、けれどアンソニーにはその叱咤の意味がわからない。

育った貧乏な町ではお互いに貶し合いは当たり前だし、肌の色で呼ぶなんて日常茶飯だ。


そもそも目の前の日本人は何を話しているのかもわからずきょとんとしている。


「前から気に食わなかったんだがテメェ、妙に育ちが良さそうだよな。色んな国籍の奴らにもちょっかい出してるのだって言葉が通じなきゃ無理じゃなねぇのか」


「まあ、色々と事情がね。それに言語の違いなんて些細なことさ。〝挨拶〟〝感謝〟の言葉さえ教えてもらえれば家族にだってなれる」


心底、お調子者だと思う。

そもそも英語で意思疎通出来ているアンソニーとケインだって知人未満の関係を続けているのに、バベルの塔の逸話の時代から言語が違う人種とは壁がある。


ケインは母国(スペイン)語と英語が扱えるのだ。もしかして他の言語も理解出来ているのでは。

しかし彼は語らない、ペラペラと他人の情報を抜き取るばかりである。


『話している暇はない』


無口かと思われたタケルの一言。


「なんだって?」


「本題に早く入れってところじゃないかな」


夜の密会をするためこそこそと隠れながら集まったわけではない。

タケルは小走りでふたりの前を進んでいく。


そこでアンソニーは彼が道案内のために招集されたのだと悟る。足音もしないし本当に忍者だ。

こうやって施設内を歩き回って、秘密の通路にも精通しているのだろう。


『この通気口は地下の研究室に繋がっていて、俺達が投与されてる薬もそこで作られている。前にも夜中、忍び込んだことがあるんだけど誰もいなかったし監視カメラも設置されていなかった』


「日本語ってジジイの鼻歌みたいだよな。何言ってるのかマジでわからねぇ」


「そうかい?僕は小鳥のさえずりのようで好きだよ」


タケルは基本的に無口だ。

一緒に施設に入ったハルマがおしゃべり好きで相槌いらずでずっと語っているし、他国籍の子供が話しかけてきたらリンコが対応してくれていた。

だからさっきみたいに長セリフは疲れる。


むしろ伝わっていないことにありがたみさえ感じてくるのだった。

何を言っても伝わらないのであれば、何も言う必要がない。好都合。


通気口の蓋を外す。

くいっと首を動かし、付いてくるように指示を出した。


「せまっ、ネズミとかは出ないだろうな」


子供の身体でなんとか通れる広さ。

匍匐前進でタケル、アンソニー、ケインの順で進んでいく。


「この通路で施設から逃げ出せるんじゃないか?」


「僕もそう思ってリンコがいる時にタケルに尋ねたさ、帰ってきた答えは〝出れない〟。この施設からの出口は大人たちが持ってる鍵で開けれる扉だけだそうだ───むにゅ」


タケルが止まるとアンソニーが急ブレーキ状態、ケインは匍匐前進のままアンソニーの尻に顔を突っ込んだ。


「きめぇ、離れろ」


「これは不可抗力だよ!」


タケルが通気口の蓋を外し、地下室の研究所に侵入する。


「アンソニーは奥、僕は右、タケルは左」


ケインは人差し指を使って小声で合図を出す。

コクリと頷くタケル。リーダーぶるなと腹が立ってくるアンソニー。


真っ暗すぎる通路を進んでいく。


ずる。


……ずるずる。


…………ずるずる、ぺしゃ。


一番奥の部屋から水が滴るような音が聞こえてくる。薄くライトが照らされた部屋。

恐る恐る、覗き込む。


「わっ」


思わず腰を抜かしてしまった。

あれはなんだ、人体模型か、いや違う、息をしている。

生物だ、いやそんなわけがない。


「あ」


───目が合った。

全身グリーンアップルのゼリーみたいで目と歯だけが剥き出しの子供のようななにかと。

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