66日目 デジタルご飯

 人類は電子社会で暮らすようになっても自分自身の欲望とは別れられなかった。生きていくためには、寝る必要もあればご飯を食べる必要もあるのである。

 

 最近の町中にはパンが現われるようになった。そのパンにはウイルスがついているらしく、様々な場所で食べないように注意喚起がされている。ついているウイルスの種類によっては、死ぬ事すらあり得るのだという。

 最初は町中にいきなりフランスパンが置いてあるような不自然さだったのだが、最近は包装もちゃんとされるようになったし、「ご自由にお取り下さい」というような案内が出るようになったりしている。とはいえ、包装の表示が外国語だったり、あんパンという名前でメロンパンが入っていたりするものもあって、クオリティはバラバラだった。

 最近の私の仕事は、このパンを拾って回収することである。朝にゴミ袋を支給されて、パンを見つけたらそれに突っ込んでいく。ゴミ袋は見た目以上の容量がある。以前、空地にパンが山積みされて、登れるくらいの量になっていたが、丸一日かかったが同じ袋に詰め込むことができた。詰め込んだ物は、後で選別されてからデータに分解されるのだという。

 私はこの仕事を一日中行って、得られたお金で毎日のご飯を得ている。最近は貯金もギリギリで食費も食い詰めるような状況になっている。

 余裕がない私にとって、とても美味しそうな食事が目の前にあるのに食べてはいけない、という状況は酷く苦痛だった。


 この仕事に就く以前、私はプログラミングを仕事にしていた。電子社会で暮らすようになってもプログラミングをしているのは、ふと不思議にも思えるが、実際にはプログラミングでどんなことも出来るようになっているために、プログラミングに出来る幅は増えたのだ。

 しかし、電子社会になったことでプログラミングは簡略化されて、直感的な操作でシステムを組むことができるようになった。そうなると、何人もの人で作業するよりも少数精鋭で作業した方が効率が良くなる。

 私はそういう流れの中で仕事がなくなってしまって、今ではパン拾いになっているのだった。

 同じ仕事をしていた人の中には自分で仕事を興して働いている人もいる。プログラミングをしていた、というと皆、そういう新しい事を始めれば良いと勧められるのだが、私はそういった発想力が出てこないのだった。


 ある日、いつも通り仕事に行くと、いつもと雰囲気が違っていた。

 なじみの顔を見つけて私は話しかける。

「どうしたんです?」

「あぁ、ニュース見ていないのか」

 どうやら、運営側の人間からの内部告発があったらしい。

 私たちが感じている食欲は運営が調整したもので、本当は食料は必要ではないのだそうだ。

「そんなことが?」

「あぁ、私たちは手のひらの上で踊らされてたわけだよ。物が食べられなくてウイルス入のパンを食べた奴だっているわけだからね」

 男は憤っていて、周りもそれに同調している様子だった。

 その日は、そんな雰囲気だったからか、それとも告発があったせいか、パン拾いは中止になり、いつもより少ない金額を渡されて解散となった。

 私は食欲がない自分というのが上手く想像できなかった。食欲に悩まされない生活というのは魅力的なように思えたが、そうなると何をして生きていけば良いのだろう、とも思った。

 家に帰ってテレビをつけると、ちょうどニュースで運営の会見が行われていた。

「食欲があることで、人は働くし、社会が回るんです。今までは食欲があるから本当に何もしない人は生きていけなかった。食べなくても生きていけるようになったら、社会のリソースだけが消費されるんですよ。そうしたら、別の基準で選別するしかなくなってしまいますよ」

 会見で話している男は、熱い口調で話しているが、それに対する批判の声もまた大きな声で聞こえてくる。

 僕はテレビを消すと、いつか食べようと取っていた高級な缶詰を開けた。気がついたら食べられなくなってしまうかもしれないからだ。


 会見での熱い話もむなしく、世論の声に押されて食欲はなくなった。町中にパンが置かれることもなくなり、私はまた仕事を失った。

 仕事を失ってやることがなくなっても、生きていくのに問題は無い。私は日々を何もせずに生きていたのだが、そうしていると選別結果のはがきが来た。

 これからは納税が無い人から、社会のリソースの余剰分だけ、休止状態にさせられるらしい。これから逃れるためにはまた働かないといけない。

 死んだように生きつづける事と、何もしないまま休止状態となる事、どちらが良いのだろう。

 私は考え続けたが、結論は出なかった。そしてそれを胸に秘めたまま私は、おそらくは永遠の休止状態に入ったのだった。

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