52日目 配信者殺人事件
畑中ツグミが殺されたのは土曜日の昼のことだった。事件現場は畑中の自宅の庭で、彼女は庭の手入れをしていたところを背後から襲われたようだった。犯行に使われたのは、いつも庭に置いていたというシャベルであった。
彼女の死体を見つけて通報したのは、畑中ツグミの夫である畑中カツキだった。彼は自室にいて、事件については気がつかなかった、と証言している。
事件は、殺人の容疑で捜査が進められた。なにより疑われたのは夫のカツキだった。しかし、カツキは外部犯ではないか、と主張した。
そう主張する理由の一つ目は、ツグミは動画の配信者として自身の生活を投稿しており、フォロワーが多い一方で、アンチとなるユーザーも多かったことだった。加えて、彼女はどのような生活を過ごしているのか動画を上げていて、どのようなタイミングで外に出るのかと言ったことも知られている。
もう一つは、カツキ自身の事だった。カツキは事件当時、自身のゲームを配信していたのだという。配信中に殺人なんてできない、と主張したのである。
警視庁捜査一課の吾妻順平は、同僚である領家雅実に連絡を取った。
「はい、領家です」
「吾妻です。我々の出番だそうです」
領家雅実は警視庁の中でも特別待遇の捜査官である。とある事件で身体に後遺症を負った領家は、現在では自宅からリモートワークで事件の捜査に参加している。普段は警察業務の数多ある事務仕事を引き受けてもらっていて、その方面で手助けしてもらっている。
そういう待遇のせいか、今までいくつかの事件で領家の智恵が解決に役立ったせいか、IT関連の捜査については領家に任せておけ、というような風潮が出来ている。実際、今回も“配信”という話が出た途端に、領家とペアを組んでいる吾妻に話が上がってきたのだった。
吾妻は事件の資料を領家に送り、確認を依頼した。電話を切る前に、吾妻は一言付け加えた。
「一応、カツキのことを疑っているみたいですよ。なんでも周囲の家から話を聞いたところ、最近喧嘩の声が聞こえてくることが何回もあったみたいです。それに、オレから見ても挙動不審でした」
「問題は、この配信ということか」
「えぇ。……今回、こっちでなにかすることありますか?」
「特にないので、以前の事件の書類を作っておいて欲しい。私は少し調査をするから」
「げっ、マジッスか」
「マジっす。たまにはちょうど良いでしょう」
領家はそう言って電話を切った。
吾妻は苦手な事務仕事が回ってきてしまって溜息をついた。普段は領家が受け持ってくれるので、吾妻の事務処理能力は低下の一途である。
領家の調査から数日、畑中カツキが逮捕された。
吾妻は、作った書類を領家に見てもらいながら、事件の真相はどうだったのか聞いた。
「配信といってもね。見てくれるとは限らないわけ」
「はぁ、見てくれないのにやるなんて、辛くないですか?」
「真面目に頑張っている人もいるのよ。ただ今回は、最初からそれを狙っていたみたい」
畑中カツキは数年前から配信者として動画を上げていたが、最近は毎日作業配信を行うようになっていた。
「ネットをやっている人なら知ってるのよ。男性の配信者で、特に見所もなければ、配信を見る人なんていない、ってね」
畑中カツキは、数ヶ月動画配信を続けた。配信は、マイナーな動画サイトで行われていた。そのサイト選びも、アリバイ作りを加味したものだったと思われる。アリバイを作れるように、音声がなければ自動で配信は中止となる仕様のもの。アーカイブは残さない設定にした上で、配信をしていた記録はちゃんと残るようにしたもの。
「ちなみに、奥さんの動画にアンチがいた、というのも、捜査を攪乱させるためみたい。奥さんの動画はここ最近人気になったんだけど、それほどアンチが多いって程ではなかったわ。特定の人がそういうコメントをつけていたけど、もしかしたらカツキさんがやっているのかも」
「ちょっと怖いっすね」
「えぇ。それまで上げられていた趣味の動画は、私から見ても努力の跡が見えたのだけど、ここ数ヶ月で変えてしまったみたい。ツグミさんの動画配信が急に人気になった時期と合うみたいだし、もしかしたらその辺りが動機なのかも」
領家は、少し寂しげに言った。
「それで逮捕ですか。それにしては、急な話だったみたいですけど」
「あぁ、違うわ。いたのよ、配信を見てた人が。その人はやばい雰囲気を感じて、録画してくれていたから、証拠になったのね」
領家の言葉に、吾妻は疑問を浮かべた。
「さっき、そんな動画見る人いない、って言ってませんでした?」
「そうね。……けど、まったく不意に人が見てくれたりするのも、ネットではよくあることなのよ」
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